逆転のマウア
突然現れた女性が、動かない堕天使長さんをうつ伏せにし、膝枕をしながら手を握っている。少しだけだが、二人の会話が聞こえた。俺は、二人の目の前で方膝をついた。
「ミラさん!」
どうして…どうしておっちゃんはミラさんを刺したんだ!?ミラさんは死んでしまったのか…?でも、いきなり現れたこの人は誰だ?知り合いっていうか、愛してるって…恋人なのか!?
「あんさーん!」
部屋の入り口付近に、走り去っていくロウのおっちゃんがいた。
「アッシはこれで失礼しまっせー!メルの姉さんに言われたことをしたまでですから、そいじゃー!」
「あー!おっちゃーん…。」
って、闇裏士さんの指示だって!?
俺たちの会話に、堕天士長さんに寄り添う女性が反応した。
「そうでしたか。メルナには、私の行動が読まれてましたのね…。」
目を閉じたままの堕天士長さんを見ながら、女性はつぶやいた。
「ミルカさん…。」
「リホ様、お久しぶりでございます。」
リホはゆっくりと、二人に近づいてきた。
ミルカ?…ミルカって、確かメルナさんが言ってたファイの裏士じゃなかったか?本来俺たちが探していた裏士…。若いな。闇裏士さんと変わらない年に見える。この人が天才裏士か…。
「ですがリホ様。今は一刻を争いますので、少し急がせて下さい。リホ様、今からミラの魂に天の力をお与え下さい。そして、私の体に…。」
「わかりました。」
この人、今から闇士になるのか…。
「では、お願い致します。」
「はいっ。ハッ!」
堕天士長さんの魂に向かって、リホが天の力を放った瞬間だった。
「させるか!ミルカー!」
「ハッ?ネルア!」
あの水晶…放ったのは悪気か!まさか、ミラさんの魂に!?マズイ…!!
「なっ!?」
放たれた闇の力が、天の力とぶつかって浄化した。
「相変わらずせっかちねー。ネルア。」
「メルナさーん!」
ネルア…。そうか、あいつがニレイの裏士か…。魔人騒動の犯人だな。
「メルナさん、向こうは片付いたの?」
「マウア、私を誰だと思ってるの?」
「そうでした…。」
「それよりマウア、何よアレ!まだ終わってないじゃない!!しっかも、余裕こいて座っちゃってさー。」
闇裏士さんが指差したのは、玉座で方肘をつき、ニヤリと笑みを見せている魔王アーサだった。
「あの…ミラさんの事とか色々あって…。」
「まぁいいわ。さて、ミルカの方もうまくいったようね。」
ミルカさんを見ると、すでに闇士となっていた。ものすごい天の力を感じた。
「で、どうするの?ミルカ。」
「ここにある全てを排除します。私はリホ様と魔王アーサへの封印の儀に備えますので、後の二人はお任せします。」
後の二人?裏士と魔王の横にいる魔人か。
「そっ。じゃあ私はネルアをやるわ!マウア、あなたはあの魔人をやりなさい。」
「わかった!」
「じゃ、行くわよ!」
「おう!」
かけ声と共に、俺と闇裏士さんはそれぞれの目標へ攻撃を仕掛けた。
「だぁーりゃー!」
キーン!
「グオァ!!」
「ちっ…。」
なんて硬い爪だ。それに弱点の尾がない。これが完全体の魔人か…。簡単にはいかないな。真っ向勝負しかねぇ!
「マウアー、手助けしないわよー。」
闇裏士さんは、裏士の剣を受け止めながら俺を気にしていた。
「さっさと片付けて、俺がメルナさんの援護をしてやるよ!」
「生意気言うじゃない!」
「メルナー!」
裏士が、よそ見をしている闇裏士さんの剣を押し返した。
「くっ、私もキツい相手だったわね。」
俺も闇裏士さんも、互いの相手に苦戦していた。強いのは当然だが、何より不気味な魔王アーサの動きが気になっていたからだ。
くそっ、いつあいつが加勢するのかと考えてると、集中できねー。どうする…決め手がない…ん?背中から温かい光を感じる…。
振り返ると、天士の体が天の力で包まれていた。
「マウア!封印の儀の準備が整ったわ!」
スゲー、なんだあの光は…。これが天士の本気…。
俺が天士に目を奪われていたその時、闇裏士さんが動いた。
「まずは、あなたにどいて頂きましょう!ハッ!」
瞬時に放たれた凄まじい天の力は、完全体の魔人の動きを止めた!
「グォゥォゥォ!」
これが、天才裏士と堕天士長が合わさった天の力…やっぱり普通の闇士じゃない。助かったぜ。チャンスだ!
「うおぉぉぉー!」
正面から突っ込んだ俺の剣が、魔人の心臓を貫いた!
「よし!」
完全体の魔人を倒した。だが、俺の中に不思議な感覚が残った。
こうもあっさり、あの完全体の魔人を倒せるなんて…ミルカさんの天の力のおかげだったのか?いや、闇士としての力が上がっているのか?
「ちっ。ビクめ、使えない奴だ。」
「ちょっと、ネルア。よそ見してると勝っちゃうわよー!」
キーン!
裏士は闇裏士さんの攻撃を受け止めてはいるが、完全にメルナさんが押している。
「くっ、こっ、国王!!」
「なんだ?ネルアよ。」
「このままでは…くっ。」
「クック…。やっと、この体に慣れてきた所だ。どれ。」
魔王アーサは、左腕を右から軽く払った。
「ふぅん!」
「うおっ!!」
踏ん張る程の風圧が、部屋中を襲った。
めちゃくちゃだな…。やっぱ魔王だから、それくらい当たり前か。いよいよ、約束の封印の儀か。
「ミルカさん!俺はどうすればいいんだ!」
「ここからは、天士と天士の選んだ運命の戦い…。それ以上はありません。」
具体的な方法はわからないのかよ。
「リホー!」
「リホ様…。」
「マウア…ミルカさん…。」
リホが微笑んでる?そうか…そうだったよな…。初めて丘で話した時の約束。俺から最後まで笑顔でいようって言い出したのに…。ありがとう…リホ、おかげで思い出したぜ。これは、この闘いは小さな者が大きな者を逆転で倒すあの記憶!方法なんて、俺は最初から知ってたんだ。迷う必要はない!!
俺は天士に微笑み返し、魔王へ立ち向かった。
「うおぉぉぉ!」
リホは天の力を魔王に放つ。
「ハッ!!」
俺は、一心不乱に剣を振るった。効かぬとばかりに、魔王アーサは避けようともしない。俺は攻撃を最小限でかわし、手を休めず反撃した。
「まだまだぁー!」
こいつの体が硬いなんて、最初からわかってるんだ。
だが、俺の攻撃もリホの攻撃も、ことごとく通用しない。
関係ない!まだ動ける!後ろからリホが支えてくれる。休むな。攻め続けるんだ!
「うおぉぉぉ!」
「その程度か…。」
「なっ!?」
その一言が、俺の足を止めた。
たった一言が、これ程のダメージになるのかよ…。くそっ。
「ハァ、ハァ…」
リホが肩で息を…。目は…大丈夫、諦めていない!ん…?なんだ?なんでこんな時に、俺はコロシアムでの試合を思い出してんだ?そうか…。
「もう終わりか?目など閉じよって、戦意喪失か!わからなくはないが、それもよかろう。アッハッハッハ。」
集中…集中だ。聞こえる…みんなが俺を呼ぶ声が…。
俺自身が先程気づいた異変に、天士であるリホだけが気づいた。
「これは!…でも、いつものマウアの光とは何か違う。」
「リホ様!マウア様が逆転の一撃を出します。その時、最大の力を放って下さい!」
「ミルカさん…わかりました!」
二人の会話は…俺の耳には届かなかった。俺はまた、あの記憶の中にいたのだ。
「最期の悪あがきか。むむっ?悪気が強まっただと?なっ、なんだこの力は…うおっ。血?血だとぉ!うっ、くっ…くそぉぉぉぉ!!!」




