絶望と光
side - 天士リホ
開会式を終えた私は、馬車に乗せられニレイの城の客室に戻っていた。異変が起きたのは、部屋に戻って着替えを終えた後の事。突然部屋へ入ってきた暗黒剣士と思われるニレイの兵士数人に、堕天士の二人が襲われてしまった。
「リホ様、お逃げ…ぐわぁ!」
「これで堕天士は片付いたな。」
「あぁ。」
「これは一体…、何のマネですか!」
「今からアーサ国王様が復活の儀を始める。天士様は、その特別招待客だ。」
「復活の…儀!?」
「さぁ行くぞ天士よ。ショータイムの始まりだ!」
「くっ。」
強引に腕を掴まれ、私は部屋から引っ張り出された。
来賓は建前…。私のニレイ訪問は、封印の儀を行う天士の私を捕らえて、生け贄を近づかせない狙いだったのかもしれない。迂闊だった。それでも私は、なんとしても封印の儀を行わなければいけない。それが、天士として産まれた運命だから。
様々な思いが頭をよぎる中、私は廊下を歩きながら約3年前からの出来事を思い出していた。
お父様…12才の私に話して下さった約束を、果たす時が来たかもしれません…。
晴天の空の下、あの日私は丘でお父様と並んで座り、ファイの美しい景色を眺めていた…。
「よいか、リホ。天士として生まれたお前は、運命を共にする男を探さなくてはならない。」
「運命の人を探す…?」
「そうだ。数年後に行われるであろう、魔王復活の儀に備える為だ。」
「復活の儀…?」
突然の呼び出しに突然の言葉。お父様は真剣に話していたけど、私は首をかしげていた。
「お前はその時、お前が選んだ運命の男と復活の儀を阻止するべく、封印の儀を行うのだ。」
「私が…封印の儀をですか?」
「あぁ、そうだ。世界はそうやって守られてきたのだよ。」
「それが、天士として生まれた私の運命…なのですね…。」
「うむ。リホよ、今すぐ理解しろとは言わん。わしは、娘を信じておるぞ。」
「わかりました。お父様…。」
運命の人を探せと言われても、どうすればいいのかわからない。心の整理もできないまま、1日1日と過ぎていったある日の事。丘から見えるコロシアムで必死に闘うマウアの姿が、私の目を釘付けにした。それから2年間、いつものように大好きな丘に座っては、マウアの姿を追い続けた。コロシアムから聞こえる歓声。マウア!マウア!の繰り返される声援は、試合ごとに大きくなっていった。そして、私は初めてコロシアムへと出向いた。お父様に言われた、運命の男を確かめる為に。偶然巻き込まれたバイラインとの死闘は、私の目を確かなものにしてくれた。でも、目や口で確かめる必要はなかったのかもしれない。私には、マウアの放つ光が、初めて見た時からハッキリと見えていたから…。
でも、あなたは今ここにいない…。私は…どうすればいいの?
「入れ。」
ニレイの兵士は私の腕を離し、背中を押した。
「そこから動くなよ。」
ここは王の間。あれは、アーサ国王に…裏士ネルア!?それに、あの魔人は一体?
国王の横に、鎖で何重にも縛られた魔人は、まがまがしい程の悪の力を放っていた。ギシギシと鎖の音をたて、苦しそうにもがいていた。
「ネルアよ、王子の魔人化はもうすぐ終わるのか?」
「はい、国王様。尾が完全に生えた後、復活の儀に入ります。」
王子!?あの魔人がニレイの王子なの?二人の会話から、復活の儀はまだ行われていない様子。なのに、あれだけの魔人に対してさらに何かをするの?それが復活の儀?止めなきゃ!今の状態でも、暴れ出したらとんでもない事になる。…でも。
「間に合いましたな。」
「え!?」
振り返ると、堕天使長さんが少し息を切らして立っていた。
「ミラさん、お願い!アーサ国王を…復活の儀を止めて…まだ間に合うわ!」
「リホ様…。それは出来ません…。」
「どうして…。」
「リホ様もおわかりでしょう。これを止めるには封印の儀を行うしかありません。ですが、それには生け贄が必要なのですから。」
「そうだけど…。」
マウアはここにはいない…。
「国王様!」
マズイわ。裏士が動く!…復活の儀が始まっちゃう。
「準備が整いました。ではこれより、復活の儀を行います。」
「そうか、では始めよう…。」
ダメだわ。もう、見ていられない!
私は、両手を開いて前に突きだし天の力を溜めた。
「リホ様!?」
「ハァ!!」
そして、魔人に向けて放った。
マウアがいない私に出来る事は…これしかない!
「グッ、クオォォァァ。」
「ネルア!?」
国王が焦ってる。続けるしかない!
「国王様、ご安心を。無駄な事です。」
裏士が余裕を見せた。
やっぱりダメなの?それでも、それでも私は………。
「はっ!?」
後ろから両腕を掴まれ、私は自由を奪われた。
「リホ様…。」
「ミラさん!どうして…どうして止めるのよ!」
「そんな事をしても、無駄なことだとわかるでしょう。」
「わかってる…だけどこのままじゃ…。」
魔王が…復活しちゃう…。
「ぐおっ!」
「え!?」
どうして国王の心臓を裏士ネルアが刺したの!?彼女は味方?復活の儀を阻止したの?いえ、違う!裏士が手をかざしてるのは闇の水晶。
「ハァァァ!」
復活の儀はまだ途中。今、裏士の放ったのは悪気!アーサ国王の魂に!?まさか…、あの魔人に憑依させるというの?
「あぁっ、そんな…。」
闇の力を纏ったアーサ国王の魂が、完全に魔人化した王子の体へと入っていく。暴れていた王子が、次第におとなしくなっていった。
「アーサ国王!」
「ふぅ…ネルアよ。素晴らしい!素晴らしい力だ!アッハッハッハ」
バキッ!
魔王となったアーサ国王は、軽々と鎖を引きちぎった。
「悪の力が込められた鎖を意図も簡単に…。成功のようですね…。」
「見事だ、裏士ネルアよ。わしはこれより、魔王となったのだ!アッハッハッハ」
復活の儀が…行われてしまった…。
あまりの強大な力の前に、私は身動き1つ取れずにいた。
「魔王様!」
「護衛団長か。これまでよくやったな。褒美をやろう!」
「ハッ!ありがたき幸せ。」
「ほれ、受け取るがよい。」
魔王となったアーサ国王は、右手で男の肩をポンと叩いた。
「…なっ!?うおぉぉぉ!」
そんな…。今、触れただけよ…。それだけで魔人化が始まるの…?
「アッハッハッハ。ビクよ。これからもよい働きを期待しておるぞ!アッハッハッハ。」
凄まじい力…もう、敵うはずがない…。マウア…………。
バーーン!!
突然、部屋のどこかでドアが開く音がした。
「誰だ!」
叫んだ裏士の目は、玉座の後ろを見ていた。
「リホーー!」
この声…。信じられない。どうしてここに。
玉座の背もたれを踏み台にして私の方に飛び上がったマウアの姿は、見たこともないくらいに輝いていた。




