温泉と覗き野郎
世の中広いな。ヤンさん強かったぜ。こりゃ、コロシアムの試合が楽しみになってきた!
服を脱ぎ、周りが大きな石で囲まれている温泉にジャンプして飛び込んだ。
「一番乗りー!」
ドボーン!
「うおー、気持ちいいなー!スッゲー広い。」
楕円形に作られた温泉は、丸太で作られた壁で囲まれ、温泉の中央で遮断されていた。
向こうは女湯だな?
「これホントにメルナさんが作ったの?」
「そうでございますよ。ここは借家なのですが、お庭は自由にしていいとのことでしたので。」
デリーとヤンさんが、足から静かに温泉の中へ入ってきた。
「ヤンさん。それで温泉って、メルナさん自由すぎだろ。存在も態度もスケールが違うから、納得だけどさ。まぁ…胸も凄いけどね。」
俺は遮られた壁に近づいた。
「なっ!!マウアさん、いけません!覗きだけは絶対にダメですよ!」
あれ?ヤンさんの顔が真っ赤だぞ?
「またまたぁ。そんなこと言ってるけど、ヤンさんだって見たいでしょ?」
「それは…その…。」
「ほらね。だってあれだけキレイな人だもん。覗きたくないなんてウソウソ。お?」
「スッゴーい♪これ全部メル姉が作ったのー?」
「そうよ。まぁ、設計は私で、後は皆で作ったんだけど。なかなかでしょ?」
「うん。」
マリーナとメルナさんが入ってきた。いっひっひ。
「メル姉、泳いでいいー?」
「ダメよ。まずは体を洗わなくちゃ。おいでマリーナ。」
「はぁい。メル姉、背中はアタシが流してあげるね。」
「ありがとう。お願いするわ。」
「メル姉いいなぁ。スタイルよくて。アタシなんてほら。」
「これからよー。マリーナかわいいから、スタイルまでよくなっちゃったら大変よー。」
「えー!そうかなぁ。アタシ、モテるならヤンさんみたいな人がいいなー。」
「えっ、ヤン?あ、うん、まぁ、そ、そうかしら…ね。」
「あれー?メル姉もうのぼせちゃった?顔真っ赤だよ。」
「マリーナが変なこと言うからでしょー!はい、貸して。今度は私が洗ってあげる。」
「アハハ、くすぐったいよー。」
『アハハ。』
か、会話聞いてるだけでヤバイな…。お?ヤンさんも聞いてたのか…。
俺は、ヤンさんに近づき耳打ちした。
「向こうは楽しそうだねー。」
「あぁ、俺たちも楽しむぞ。デリー、ヤンさんは堕ちたしな…。」
「え?ヤンさん?」
「わ、私はもう、メルナ様しか見えません。メルナ様の…はっ…はだっ…。」
「ダメだね。完全に壊れてるよ…。」
「ヤンさん、今日まで本当によく我慢した。その溜め込んだ思いを、今から全て吐き出そう。では…行くか。」
「今の私は、マウアさんについて行くだけです!」
「僕、知ーらなーい。」
デリーは大人の対応をした。俺と壊れたヤンさんは、丸太の壁を登り始めた。
「後少し、後少し登れば秘密の花園にたどり着ける。ヤンさん、我々は勇者だ。危険をかえりみないからこそ、今日という結果を得られるんだ。」
「も、もう限界です…。」
花園前到着…。
「ヤンさん、せーので行くよ?」
「はい…。」
「せー、ん?」
丸太の頂上から顔を出した瞬間、木の上からこっちを見ている男が目に入った。
「あー!向こうに覗き野郎がいるー!」
「え?うわーっとっとっと、とおー!」
俺の声に驚いたのか?ヤンさんはバランスを崩して、なぜか女湯の方へ飛んだ。
「ちょっ、おいヤンさんそっちは!」
とっさにヤンさんの足を掴んでしまった。引きずられるように、俺も女湯へ。ドボーン…。落ちた。
俺はすぐに温泉から頭を出し、覗き野郎を追いかけようと立ち上がった。その時、覗き野郎は木から降りて逃げようとしていた。
「まてコラー!覗き野郎!いてっ、は?あ!!」
「マーウーちゃーーーん!」
マリーナに頭をはたかれた。仁王立ちで、俺を睨みつけている。
丸見え…湯けむりが邪魔…じゃなかった!今はそれどころじゃない!
「まっ、マリーナ。いや、違うんだって!向こうに覗いてる奴がいたんだよー!ひーぃ。」
「貴様ら…ゆるさーーん!!」
この声はメルナさん!やばい…。
「ごっ、こめんなさーい。」
俺は、猿のように丸太を素早く登って温泉の外へ出た。すると、すぐ横にデリーがいた。
「マウア、これマウアのタオル。このまま追いかけたら…。」
「だな…。サンキュー。」
タオルを巻いてっと。よし!
「待って下さいマウアさーん!」
ん?
呼ばれた俺は上を見た。
「あわわ。」
ドーン!
「ふげっ!」
丸太を登ったヤンさんが、うつ伏せで落ちてきた。
「忘れ物だぁー!」
マリーナがヤンさんのタオルを投げたようだ。壁を越えてきたタオルは、都合よくヤンさんの尻にかかった。
「あーぁ。それよりマウア、覗き野郎がいたんでしょ?早く追わなきゃ。」
「もちろんだぜデリー。間違いなく命がけだからな。ほら、ヤンさんも早く。」
「私はもうダメです。全て終わりました。」
俺は、魂の抜けたようなヤンさんを無理矢理立ち上がらせ、腰にタオルを巻いた。
「いた!あそこ。逃げるなー!」
叫んだデリーは、覗き野郎を追いかけて行った。
「ヤンさん、俺たちも行くよ?じゃないとマジでヤバイって。」
「終わりの先に、何があるのでしょうか…。」
ダメだなこりゃ。
ヤンさんの腕を強引に引っ張り、デリーを追いかけようと歩き出した時、丸太の壁の向こうから声が聞こえた。
「もー。絶対許さないんだからねー。あれ?メル姉?」
「みっ、見られちゃった。ヤンに…私の裸…あぁ。」
パタン…。
「メル姉!?しっかりしてー!メル姉ー!」
なんか、ヤバそうだな…。とにかく覗き野郎を捕まえないと。にしても…重い。
「ヤンさん、しっかりしてくれよー。覗き野郎に逃げられちまうぜ。」
「もうダメです。ダメなんです。あぁ…メルナ様…。私は何て事を…。」
ヤンさんの手を離すと、その場にへたれこんでしまった。
「ここに置いていくか。デリー!」
姿が小さくなっていくデリーに向かって叫んだ時だった。
「うおりゃー!」
デリーが捕まえた。後ろから飛びついて、馬乗りになっている。
「はっ!まっ、待ってくだせー!おあふっ。」
「マウアー、捕まえたよー!」
「さすがデリー。頼りになるぜ。助かったぁ。
」
「いてててて。まっ、待ってくだせー。アッシは覗きなんてしてませんぜー。ひいいいいっ。」
デリーに追いつき、捕まえた男を見ると、30くらいのおっちゃんだった。
「覗いてたじゃん。おっちゃん、二人に謝ってもらうぞ!」
「そんなぁ、無理でっせ。お嬢ちゃんの方はともかく、あの巨乳の姉ちゃんは怖すぎまっせー。」
「え?」
「お前ー!やっぱり覗いてたんじゃねーか!」
「あ!しまったぁ…おっ、お許しくだせー。」
「ダメだ、許さない。絶対に謝ってもらう…。じゃ、じゃなきゃ俺たちの命が危ないんだよー!俺だってメルナさんは怖いんだ。」
俺の動揺を察したおっちゃんが、ニヤケ顔をした。
「それは、あんさんが覗くから悪いんでっせー。アッシのせいじゃ…。」
「問答無用ー!そもそも、おっちゃんがいなければ、俺たちバレてなかったんだからなー。」
「そない言われても困りますなぁ。あれだけ立派なものが大自然にお披露目されてたら、見ない方が失礼でっせー!」
見ない方が失礼?おー!
「だよなー!そりゃ覗くわ。な~んだ、おっちゃん話わかるじゃん。」
「当たり前でっせー!」
「うわぁ!」
馬乗りしていたデリーを突き飛ばし、おっちゃんは両手を広げて笑顔で待っていた俺の胸に飛び込んだ。
「え?類が友を呼んだぁ!?」
「こんな熱い抱擁初めてやー。あんさん、アッシは地獄でもお供しますぜー。」
「おっちゃーん!」
「あんさーん!」
俺とおっちゃんがさらに熱く抱きしめ合い友情を深める中、デリーは冷たい目で俺たちを見ていた。
「マウア、なんだか話もまとまったみたいだし、そろそろ戻ろうよ。」
「え?」
「もう?デリー、もう少しだけこのままでいたい。」
「あ、アッシも。」
あ…やべぇ。デリーが怒りで震えてる。
「ガタガタ言わずに早く戻って二人に謝る!わかった!」
「はっ、はいっ!!」
「わかりやしたぁ!」
俺とおっちゃんは、横に並んでデリーに頭を下げた。
ともあれ、覗き野郎と友情が芽生えちまった。逃げの材料だったけど…おっちゃんいい人そうだし、戻って素直に謝ろう。
それでも恐る恐るだが、俺たちはメルナさんの店へ向かった。
「確かこの辺にヤンさんが…。いた!ヤンさ…えー!首吊ってるー!?」
「止めないで下さいマウアさん。私はもう、もーーーーぅ。うぐっ。」
急いでデリーとヤンさんの足を持ち上げる。おっちゃんが木に登ってつるをほどき、なんとかヤンさんを地面に下ろした。
「あぁ…なぜ私をお助けに?」
「ヤンさん、覗きは謝るまでが覗きだよ。まだ、終わってない…。」
「ハッ。マウアさん、私は…私は…。うぅっ。」
綺麗な涙だぜ…。
「わかってくれればいいんだ。人は一人では謝れない。そうだろ?ヤンさん。」
「マウアさーーーん。」
「よしよし。」
なんとか丸め込んだな。我ながら、臭い三文芝居だったけどね。
「なんか…、おかしくない?」
「どうした?デリー。」
「ううん。暗くなってきたし、早く戻ろう。」
デリーは一人で歩き出した。
ん?微妙に態度が冷たい気が…。やっぱり臭かったかな。
メルナさんの店に近づくにつれ、デリーの足は軽くなり、俺たち3人の足は重くなった。そして、店の入り口で止まった。
「さて、残念ながら目的地に着いてしまったのだが…。皆の衆、準備はいいか?」
「はい。」
「おー!」
「どうした?デリー。」
「あのさ。それで、いつまで3人で抱き合ってるの?」
『ハッ?』
「僕は先に行くからねー。ただいまー。」
唯一無実のデリー。羨ましい…。
「おかえりデリー。あれ?みんなは?」
店の中からマリーナの声が聞こえた。
「一応、外にいるけど…。」
仕方ない…おれが先陣を…。
「マリーナ!」
俺は店へ入った。
「マウアさん!」
「あんさん!男やー!」
二人共、俺に任せろ!
「マリーナ、あのおっちゃんが覗いてたんだ。な?俺たち嘘言ってなかっただろ?」
「んー?」
マリーナは外を見た。
「なっ!あんさんが覗いてたじゃねーですかー。アッシはただ、景色を楽しんでただけでっせー!」
おっちゃんが走りながらしゃべり、店に入ってきた。
「おっちゃん!マリーナのオッパイが小さいとかなんとか、さっき帰りに言ってただろー!」
「あんさんだって、どこからどこまでが胸かわからないって言うてましたぜー!」
「なっ!おっちゃんだって…」
「なにをー!」
ゴチーン!
マリーナが、俺とおっちゃんの頭を両手でおもいっきりぶつけた。
「何度も胸胸うるさいのっ!」
「いってーーー。」
「すみませんでしたぁ!」
「これくらいじゃ全然許さないけどね!それよりメル姉に謝ってよ。大変だったんだから。」
そうだよ!マリーナもこえぇけど、メルナさんは未知数だ。
「メルナさ…?」
「様…?」
ここにはいない…あれ?ヤンさんいつの間にここに?
「嫌やーー!」
「あ、コラおっちゃん、逃げるなー!」
入り口付近でおっちゃんを捕まえた。
「あんさん、離しておくんなせー。」
「おっちゃん、ヤンさん、覗きの最後だ。行こう。」
「はい…。」
「嫌やーーーー。」
おっちゃんを取り押さえながら、みんなでマリーナについていく。階段を登り終え、緊張感が増してきた。
どうなるかわかってるだけに…やっぱこえ~。
マリーナがドアを開けた。中をそ~っと覗くと、メルナさんはベットで寝ていた。
「め、メルナ様?失礼致します。ハッ。メルナ様ー!?」
「ん?ヤン…。」
ヤンさんが半身を起こしたメルナさんに近づいて行く。
大丈夫かなぁ…。
「メルナ様、大変申し訳ありませんでした。私に絶望し、怒りさえ超えてこのようなお姿に…。」
ヤンさん、また泣いてるよ。涙もろいのかな?
「あのねヤン、そうじゃなくて…。」
「いいのです!メルナ様の事は、私が一番よくわかっております。」
「ひっ、一番!?」
なんだ?メルナさんの様子がおかしい。ヤンさんを怒る気配どころか、逆に気づかってるように見えるぞ?
「はい、当然でございます。誰よりも近くで、メルナ様の全てを見ておりますので。」
「すっ、すっ、すべてー!?」
「あのー、メルナ様?」
ヤンさんも異変に気づいたようだ。やっぱり、なーんか変だよな?
「や、ヤン。もういいから許して…。」
は?メルナさんの方から許してって…なに?
「め、メルナ様…。罪を犯したのは私なのに…メルナ様、何か出来る事はございませんか?」
「そうね、みんなにご飯作ってあげて。」
「かっ、かしこまりましたー!!」
へ?これで終わり?ヤンさん下へ行っちゃったけど。メルナさんの力ない声…相当具合が悪いのかな?
「アハハ、ヤンさんスキップして行っちゃった。」
マリーナも笑ってる。ナイスだヤンさん!もう解決済みじゃないか。よかったぁ。
「なーんだ。メルナさん怒ってないじゃん。おっちゃん、よかったな!」
「あんさんもよかったでー。」
「アハハ、は?」
俺は、ベットから立ち上がったメルナさんに睨まれた瞬間、石にされたかのように固まった。
殺気丸出しの顔は、今にも食われそうな恐ろしさだった。
「マーウーアーーー!それとお前ー!殺す!!」
「ちょっと待ってよメルナさん!許してくれたんじゃないのー?」
「誰がそんなこと言ったのよー!よくも覗いてくれたわねー!」
「だから、俺じゃなくてこのおっちゃんが…「うるさーい!」
「ひいいいいっ。」
リホごめん…。俺は今日、ここで死ぬわ…。
「マウア!おっちゃんおっちゃんって、関係ないわよ。二人とも覚悟しなさい!!」
メルナさんが矢を構えた。
「あわわわわ、その矢は…!
マリーナ!助けてー!」
「エヘヘ、助ける訳ないでしょー?」
「笑顔がこえーよー!」
「うげぇ。」
「おっちゃん!」
腕にかすっただけで気絶!?威力が違いすぎる…これは間違いなく悪気の矢。逃げ…「うげぇ。」
放たれた矢は、振り返った俺の背中に刺さった。
うぅ…意識が…。
「デリー、この変態2トップを逆さに吊るしなさい。」
なん…だと…。
「逆さですか?」
「そうよ。私たちの裸を思い出したら、逆さ吊りの辛さも一緒に思い出すようにね。嫌な記憶をプレゼントしてあげるわ。はぁ~スッキリした。マリーナ、ご飯食べに行こう。」
「はぁーい!」
くそっ、デリーだけになったのに動けねぇ。体が痺れてきやがった。この矢、何か塗ってあったな…。
「さすがメルナさん、なるほどね。じゃ二人共、ここまでが覗きみたいだから観念してね。」
デリー…。
…。
ん?頭がいてぇ。足もいてーぞ?あの縄のせいか…って逆さ?そうだ!メルナさんの矢を背中にくらって、それで…。う~ん、背中は大丈夫だな。だけど、ここからどうするんだよ…。
「うーーーっ。」
「おっちゃん!?」
俺の横に、覗き野郎のおっちゃんも吊らされていた。
息はあるか…。ヤンさんはいない…。ん?このわずかに聞こえる声はヤンさんか?
「フフフフン、フンフフン!」
「いいにおーい!」
「フンフフン…あ!マリーナさん。今しばらくお待ちくださいませ。」
「ヤン、今日は何?」
「本日はクラレスの郷土料理、ふわとろ卵のパスタでございます。…え?メルナ様ぁ?お食事されるのですか?」
「何よ?その言い方。当たり前でしょ。運動もしたしスッキリしたし、お腹ペコペコよ?」
「あの、メルナ様?1つお聞きしたいことが…。」
「なぁに?」
「私の記憶では、食欲がないようにお見受けしたのですが…。」
「それは…。せっ、せっかくヤンが作ってくれるんだから、食べない訳にはいかないでしょ。」
「なっ!なんと。私を許し、それをご自分の責任とし、寝込む程のストレスに耐え、空腹の仲間を想い、さらには作り手の私に心配をかけぬよう、お腹が空いたと嘘まで言って食事をなされるとは。加えて、強さと優しさと人気にあのスタイル…そうです、まさにパーフェクト!」
「ヤン?何をブツブツ言ってるのー?いいから早く作りなさいよー。」
「かしこまりましたー!」
ヤンさんの楽しそうな声が聞こえるなぁ…。
「メルナさん、一応終わりましたけど…。」
「あ、デリーご苦労様。あなたも座りなさい。」
「はい。」
「皆さん、お待たせ致しましたー!」
「わぁ!」
「さ、マリーナ。食べましょー。」
「うん、イタダキマース。おいしー!これ、お母さんに教えてあげたいなー。お店の特別メニュー。なんてね。」
「いいですよ?マリーナさん。後でレシピを書いておきますね。」
「ヤンさんが家に来て作ってもいいよー?」
「いいわねー。私もリーナ様に会いたいわ。」
「うん、来てきて!」
「では、マリーナさん、その時は是非。」
「やったぁー!」
「アハハ」
みんなの笑い声が聞こえる…あ!
「おっちゃん、生きてるか?」
「…」
「おい、おっちゃん!こういう時は、楽しい事を思い出すんだ!えーと…エヘヘ、メルナさんの裸…、だっ駄目だぁ…。逆さ吊りがしんどい…!メルナさん、マリーナ、もう許してーーー!!」




