リホの誘拐
「特護のデレクとジャルが何者かに殺されたわ!」
「どういうこと?お母さん一緒じゃなかったの?」
「一緒だったわよ。でも護衛団が呼びにきて、二人を連れて行ったのよ。あまりに遅いからあたしは大広間へ戻ろうと思って廊下に出たのよ。そしたら奥の方からメイドの悲鳴が聞こえたのさ。急いで駆けつけると、そこにあったのは二人の変わり果てた姿だった。もちろん、悪気を帯びていたわ。」
「魔人の仕業…だね。」
「現場は護衛団が仕切っているけど…。あら?何やら舞台上が騒がしいわね。」
「リーナさん、もしかしてその事件のことで…。」
「でもデリー、誰かを探してるみたいだよ?一体誰を?」
「リホ様が見当たらないみたいだな。」
「リホ様?さっきまでそこにいたけどな。トイレじゃないのか?」
「見て!お母さん。護衛団が明らかに慌ててるよ。」
「ホントね。」
「たっ、大変だよ!お姫様が…僕、マウアを起こしてくる!」
「お母さん、これってやっぱりリホりんが行方不明ってこと?」
「そうらしいね。事件と関係あるかどうかは、まだわからないけど。」
なんだか騒がしいな…。
「マウア、起きてよマウア。大変なんだ!」
「んー?どうしたデリー?もうメシか?」
「寝ぼけてる場合じゃないよ。リホが行方不明かもしれないんだ!」
リホが行方不明!?
眠気が一気に覚めた。俺は、立ち上がって暗黒剣士の両肩を揺すった。
「デリー、一体どういうことだ?」
「まだわからないよ。特護のデレクさんとジャルさんが殺されて、その直後からリホの姿が見当たらないらしいんだ!」
「あの二人がやられた?」
これはただ事じゃない。護衛団ならともかく、特殊護衛団が二人も殺られるなんて…。
「デリー!リホを探しに行くぞ!」
「待ってマウちゃん!」
「そうよマウア。ちょっと落ち着きなさい。」
「リーナさん、考えるまでもないだろ。犯人は同じ奴だ。くそっ。何で俺は寝ちまったんだ…そうだ!ミラさんは?」
「うーん、見当たらないね。堕天士が一緒ならいいんだけど。」
この人数だ。いてもいなくても、すぐには把握できないな。
「リホは親友なんだ。俺たちが助けなきゃ…。」
「マウア!いいから、ちょっと静かになさい。」
裏士さんの声とほぼ同時に、舞台上の男が案内を始めた。
「えー皆様、大変申し訳ありません。ただ今をもちまして、急ではありますが晩餐会を閉幕致します。気をつけて、おかえり下さいませ。」
おかしい、これは間違いない…。
「リホを探しに行くぞ!リーナさん、もう止めないよな?」
「確定だね…。もし犯人が逃げるとすれば、警備の薄い一階の裏口しかない。鉄の扉を目指しなさい。」
「わかった!ありがとうリーナさん!」
「マリーナ、僕らも行こう!」
「よーし、お母さん行ってくるね!」
「あたしはここで様子を見るから。頼んだよ。」
俺たちは、廊下を出て階段を下りた。
リホ…どこだ…くそっ、無事でいてくれ…。
一階に着き、入り口とは反対の通路へ向かう。廊下を走り、一番奥の鉄の扉を目指した。
裏口…ここか!
扉を開けると、左右の石壁にロウソクで明かりが灯る通路に出た。
暗くて視界が悪いな。ん!あれは人影?
「待てー!」
「マウア!?」
この声はリホ!
「リホ!!!」
「がっはっはっは。」
不気味な笑い声と同時に、奥の扉が閉まる音がした。すぐに天士を追いかけようとしたが、歩いて近づいて来る男が俺の行く手を阻んだ。
「お前、魔人か?」
「いかにも。天士を追ってるようだが、そうはいかない。見られた以上、ここで死んでもらうぞ。」
「マウア!」
「マウちゃん!」
少し遅れて、暗黒剣士と闇士が来た。
「リホは連れ去られた。あの扉の外だ!行くぞ!」
近づいて来る男をかわして通り抜けようとしたその時、巨大化した右拳が先頭にいた俺に向かって振り下ろされた。
「ぐおっ。」
両腕でガードしたが、簡単に突き飛ばされてしまった。勢い余って後ろにいた暗黒剣士と闇士にぶつかり3人まとめて足止めをくらった。
「通す訳にはいかないな。」
「くっそー。」
あの拳…。奴の体がドンドンでかくなってやがる。通路に隙間もなくなってきやがった。足もフラフラか。そっか、酔っぱらってたんだよな。
「マズイよマウア。早くやるしかない!」
暗黒剣士は剣を俺に渡した。
そうか。遅れたのは武器を取りに行ってたのか。
「サンキュー、デリー。やっぱり俺は、短剣じゃシックリこないからな。」
俺と暗黒剣士は剣を構えた。
「デリー、それ悪気は入ってるのか?」
「ここに来る途中、マリーナに入れてもらったよ。大丈夫!」
「そうか。よっしゃー!」
「待ってマウちゃん。あいつ様子が変よ。」
「なんだよマリーナ!」
斬りかかろうとした時だった。闇士が奴の異変にいち早く気づいた。
「がっ、ぐわあぁぁぁぁ」
「あいつ、まだでかくなるのか?俺が酔ってるせい?」
「いや、でかくなってるよ。でもこれって一体…。まさか、完全に魔人化してしまったの?」
「さっきまであんなにしゃべってたのにね…。でも、まだ尻尾はないよ?魔人化に抵抗してるみたい。」
ムルスのように、自ら受け入れた力の末路ってことか?
「どっちでもいいさ。とにかく倒さなきゃリホを追えない。行くぞ!デリー。」
「うん!」
「しょうがないなぁ。」
俺と暗黒剣士は、魔人化が進む相手に斬りかかった。
バイラインが第一段階なら、尻尾のないこいつはいわば第二段階。訓練生よりましだ。やるなら今はチャンス。
「くっ。」
「なんて硬い皮膚なんだ…。」
頭をはねるつもりで首を狙ったのに、かすり傷程度なのかよ。子供の魔人化と大人の魔人化に差があるのか?それとも、憑依か契約かの違いなのか?
理解出来ない強さに、思わず距離を取った。
「ふう…ふう…。その程度の攻撃。俺に効くはずがない。効くはずが…ぐあぁぁぁ。」
さらに巨大化した体が、狭い通路を圧迫しだした。苦しみや苛立ちをぶつけるように、奴の拳が石壁を殴っている。
「マズイな…。このままじゃ城が崩れる。」
「でも、あの体にダメージを与えるには時間がかかるよ!」
「わかってる!わかってるけど尻尾が…。」
どうする?うかつに近寄るのも危険だ。
「エヘヘ。尻尾がないなら急所を狙えばいいのよ。」
闇士が弓を引いた。
「マリーナ、あいつの硬さは尋常じゃないぞ!」
「任せてよ。必殺技使うから。」
必殺技?
闇士は、弓矢をひねった。
「そうか!回転力を利用して威力を倍増させるんだね。」
「そういうこと。名付けてスクリューアロー!でぇーい!」
闇士の放った矢が、空気を切り裂く音と共に、奴の左胸に刺さった。
「スゲー、やったのか?」
「ダメだ。これでも心臓まで達してないよ。」
「いー!ホントに硬いわねー。鎧みたいに剥がせればいいのに。」
剥がす?
「それだよ!マウア、マリーナの矢が刺さった場所を切る!マリーナ、すっ、スクリューアローをもう一回!」
「何でデリーが照れるのよー!もう、冗談で言ったのにー。時間もないし、何か恥ずかくなってきたからパパっとやっちゃうよー。」
「よーし、マリーナ!…なんちゃらアロー頼むぞ!」
「なっ、なんちゃら?」
「行くぜデリー。」
「うん。」
『うおぉぉぁぉ。』
俺と暗黒剣士が再び斬りかかる。デリーは、刺さった矢と肉体のわずかな隙間に剣をコントロールして斬った。広がった傷口に俺がすぐさま追い討ちし、さらに傷口を広げた。
「マリーナぁ!」
「ドリルアロー!」
「ぐあぁぉぁぁ!」
闇士の放った矢が、左胸を貫通した。
「すげーぜ!マリーナ。えーと、…アロー。」
「エヘヘ、やったね!」
魔人は、縮みながら大の字に倒れた。
「音はこの先だ!」
「ハッ!」
後ろから声が聞こえた。
くそっ、護衛団がきやがった。
「リホを追うぞ!」
背後から来る護衛団から逃げるように、裏の出口の扉を開けた。外に出で辺りを見回すが、人気は全くなかった。
「ダメだ。時間がかかりすぎたよ。」
「見失っちゃったね…。」
「くっそぉ~!」
「仕方ないよマウア。一端戻ろう。」
「そうね。悔しいけど。」
リホ…。
追ってきた護衛団を壁影に身を隠してやり過ごした。だが、護衛団はあまり俺たちを探すことはなく、すぐに裏口通路へ戻って行った。倒れている魔人の処理の方が重要なのだろう。
武器と返り血を浴びた俺と暗黒剣士のシャツは、目立たないように草原へ隠した。闇士は足に縛り付けていたスカートを元に戻し、俺たちは誰にも見つからないように広い庭を歩いて城の正門へと向かった。
結局、リホを救えなかった…。一体誰の仕業なんだ?特殊護衛団の二人がやられる程の力は、やはり魔人の仕業だったが…でもなぜだ?
特殊護衛団の味方のはずの裏士が犯人なら、仲間を殺すのはおかしい。ミラさんたち堕天士もいないし…あれ?あのマリーナが落ち込んでる?まだ終わってないのにな。ここはひとつ…。
「マリーナ、さっきの…えと、スクリュー?ドリル?なんだっけ?確か2回目は別の必殺技使ってたよな…。どっちもスゴイ威力だったな。」
「うるさーい、どっちでもいいでしょ。」
「何だ?怒ってたのか?必殺技なんてカッコイイじゃん!」
「もう使わないもーん。」
闇士は得意のスキップで先に行ってしまった。
「デリー、俺誉めたよな?」
「そ、そうだね。まぁ必殺技の件はこのくらいにして、早くリーナさんに報告しよう。」
「そうだな。あ、そういえばよくあの時間で武器を用意出来たな。」
「あれは、偶然通路に落ちてたんだよ。」
「偶然?剣はともかく弓もか?」
「うん。とっさに拾って、マウアを追いかけたんだ。」
「そっか。」
なんか、仕組まれたような話だな…。まぁ、助かったけど。
正門付近に着くと、帰る客で混雑していた。その中に、裏士さんの姿があった。
「リーナさん。」
俺たちは、さりげなく帰る客の中に潜り込んで合わせるように歩きだした。
「どうだい?リホは見つかったかい?」
「見つかったんだけどさ…捕まっちゃったよ…。犯人にも逃げられた。せめて手がかりの1つでもあれば…。」
「手がかりならあるわよ。魔人騒動、特護二人の暗殺、リホの誘拐は繋がってるわ。」
「俺たちもそう思ってる。でも誰なのかわからないんだ…。」
裏士さんは、一息間を置いて話した。
「マウア、おそらくニレイの国よ。」




