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東に進めば進むほど、風が強くなっていく。
木と木の間の細い道の前で、天狗を背負っていた鬼がしゃがみ込んだ。
「どうしたのじゃ、丸」
「お前おぶったまま通れるスペースじゃねぇだろが!……ん?」
「そなたも疲れたのかえ?」
不満げに鬼の背中から降りた天狗が、あなたを振り返った。
あなたは首を横に振る。
疲れたのではなかった。ただ、体が動かないだけだ。
なぜかとても怖い。その道の向こうへ進むのが怖いのだ。
怖いといえば、ここに来てあなたは、べつのものも怖く感じていた。
石だ。
最初からずっと握っていた、しずく型の石。それが、なぜかとても怖かった。
あなたの恐怖に呼応したかのように、しばらく消えていた霧が、また辺りを白く染めていく。
「吾がおぶろうか?」
天狗の発言に、鬼が太い眉毛の下にある目を丸くした。
「ふふっ」
あなたは思わず笑ってしまった。
今も怖い。だけど進まなくてはいけない気もしている。
「ゴメンね。なんでもないの。……ううん。なんだか急に怖くなったの。暗いからかな。だからべつに、おぶってもらわなくても大丈夫だよ」
「おぶるほどではないかも知れぬが、顔色が悪いぞ。そうじゃ。後ろから押してしんぜよう」
「ありがとう」
「んで、その雪を俺が押してやるとするか」
鬼に押される天狗に押され、あなたは勇気を振り絞って、その空間に足を踏み入れた。
激しい風が白い霧を吹き飛ばす。
開けた丸い空間は、頭上に瞬く星の光に照らされていた。
空間の真ん中に、苔むした小さな祠が鎮座している。
あなたの後ろで妖怪少年たちが声を上げた。
「よお、一」
「待たせたの」
石の祠に腕をついて、ジャージの少年が立っている。
黒地に白と緑の線、どこかで見たことがあるようなデザインのジャージだ。
年のころは十代の後半、あなたや天狗たちと同じくらい。
少し背が低いけれど、華奢という印象はなかった。
スポーツマンという感じで、黒い髪を短く刈っている。
(あ……もしかして)
「河童さん?」
彼は無言で頷いた。
「どうして、ここに? もしかして、あなたもウサギ探しを手伝ってくれるの? ありがとう!」
「……ウサギなら、最初からいただろう?」
「え?」
「ウサギは、あんただ」
彼の細い目が放つ視線を辿り、あなたは自分のパジャマがウサギ柄だと気づいた。
どういうことか教えて欲しいのに、無口なのか河童はそれ以上しゃべらない。
頭が混乱していく。
これまで一緒に進んできた妖怪少年たちに目を向けた。
ふたりは顔を見合わせ、天狗のほうが口を開ける。
「獣は金気だが、それ以外の属性も持っておる。十二支で、ウサギは真東を表す木気の化身じゃ。神のために炎に飛び込んだという民話から、生け贄の象徴でもある」
「……生け贄……?」
ぽかん、と音がして、河童が天狗の頭を殴った。
「怖がらせてどうする。俺たちが集まったのは、彼女を救うためだろ?」
「あーもう! 雪はウンチク言い出すと夢中になるし、一は気ぃ遣って回りくどい。……要するにだなあ、お前ソレ、どこで手に入れた?」
「え……?」
鬼は、あなたの手の平に載ったしずく型の石を指差した。
それはもう、石には見えなかった。
石というより土の塊。いや、土ではない。
絡み合った木の根っこ──それも違う。
手首から上のない土気色の手が丸まって、あなたの手の平に爪を立てている。
普通の手よりも小さいのは、水分を失って乾ききっているからだ。
「いやあぁぁっ!」
あなたは恐怖の叫びを上げた。
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