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狭霧町奇談  作者: @眠り豆
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ケルベロスはギリシア神話に登場する地獄の番犬。

忘却の川の向こう、冥府の入り口で死者を待っている三つの頭を持つ犬だ。

ゲームやファンタジーでも活躍している。

魔術師の魔獣園では、三つの頭それぞれが別属性の魔法を吐く強大なモンスターとされていた。


「ケルベロス!」

「わんっ!」


辺りは霧に覆われたままだったけれど、あなたには光り輝くケルベロスの姿が見えた。

三つの頭を持つ──


「……え?」


あなたは思わずその場に膝をついた。

三つの頭があって、あなたが持っているスーパーレアカードの絵によく似ている。

でも小さい。カードのケルベロスが親犬なら、目の前にいるのは仔犬。似てはいるものの、迫力のあるカードのビジュアルをデフォルメして可愛くした姿だ。

あなたは空いているほうの手で頭を抱え、土気色の手を載せた腕をダラリと下げた。

立ち上がる気力が湧いてこない。体力もどんどん失われていく。

このまま全身の血を吸われて息絶えてしまうのだろうか。


「わんわんっ!」


ケルベロスベビーは、垂れ下がったあなたの腕にしがみついてきた。

期待していたものとは違うけど、可愛いモンスターだ。


「慰めてくれてるの? ありがと……ええっ!」


ケルベロスベビーは土気色の手に噛みつき、あなたの手から引き抜いた。


「ちょ、え、そんなものの食べちゃ……ええぇぇぇっ?」


三つの頭で奪い合いながら、土気色の手を食む。

あなたの血を吸って水気を取り戻した指が鋭い爪で抵抗しているが、三つの口には敵わない。


──ごっくん。


ひとかけらも残さず、ケルベロスベビーは土気色の手を飲み込んで口の周りを舐めた。


「えっと……」


ケルベロスベビーは空になったあなたの手にしがみつく。

小さな三つの舌が、あなたの手の平に残った爪痕を舐める。

普通の犬や猫のようなぬくもりはなく、感触も少しおかしい。

やわらかいようで硬く、硬いようでやわらかい。この世のものではないようだ。


(そうか、わたしが呼び出したんだから、この世のものではないのよね)


爪痕が癒えていくのに合わせて、霧が薄れていった。

やっぱりあなたの心に呼応している。


「おねーちゃん!」

「おえーちゃ!」


駆け寄ってくる子どもたちを見て、あなたは目を丸くした。

ふたりの頭が犬に変わっていたからだ。

もしかして、さっきの咆哮は彼らのものだったのだろうか。

天狗もスマホをしまって、心配そうな顔で近づいてくる。


「大丈夫か?」

「うん、たぶん……」

「あ!」


子どもたちがケルベロスベビーに気づいた。

歓声を上げて飛びつく。


「わんわ!」

「違うぞ、三太。これはケルベロスだ。スーパーレアなんだぞ?」

「レアー」

「こ、これは?」

「犬の鳴き声が聞こえたから、あなたたちが心配で、なんか……呼び出しちゃったの」


あなたの言葉を聞いて、仁季が自慢げに胸を張る。


「俺と三太が吠えてたんだ。犬の声には退魔の力があるからね!」

「ね!」


それから彼は、あることに気づいて嬉しそうな声を上げた。


「あ、おねーちゃんの影、オッサンじゃない」

「ないっ」


あなたは自分の影を確かめた。

実体と同じ姿、あなたが右手を上げれば右手を上げる、あなた自身の影だ。


「その子が手に乗ってた手を食べてくれたからかな」

「手?」

「わんわ、いい子?」


子どもたちにくしゃくしゃにされて、ケルベロスベビーは心なしか嬉しそうだった。


「……あの悪霊をひとりで?」

「だ、だれですかっ?」


聞き覚えのない掠れた声に振り向くと、そこにいるのは子どもたちと天狗だけではなかった。

頭に角を持つ──たぶん鬼だろう──赤いジャージの少年と、子どもたちによく似た黒いジャージの少年──こちらは河童に違いない──、日本刀を持った学生服の少年と無精髭を生やした男が増えている。無精髭は破れたデニムを穿いていた。


「俺は退魔師の珠樹」

「僕はその弟子の各務刃です」

「俺は雪に呼ばれてきた鬼だ」

「俺も雪に呼ばれてきた。ソイツらの兄の河童だ」


わけがわからない。

説明を求めて天狗を見ると、彼は瞳を輝かせて口を開いた。


「頼む、バステトも召喚してくれぬか?」


KY天狗の申し出を丁重にお断りした後で、あなたは事情を聞かされた。

あなたは土気色の手に宿った悪霊に操られていたのだという。

悪霊はあなたの強い霊力を利用して穢れた自分には入れない清浄な結界を破り、昔この山にいた龍神が遺した霊力を奪って復活しようとしていたのだ。

もちろんあなた自身の霊力も奪い尽くすつもりだったのだろう。


「思ったより君の霊力が強かったのと、木気の悪霊には最高のエサになる水気の河童が現れたことで、ここで復活しようとしたんだね。金気の天狗くんの存在に怯えて焦ったのもあるんじゃないかな」

「はあ……」


無精髭の自称退魔師の言葉はさっぱりわからなかったけれど、あなたは適当に頷いた。


(霊力が強いとか言われても、ねえ……)


もうすっかり名前も住所も電話番号も思い出しているが、霊感少女だった記憶はない。


「しかしすごいよ。霊紙もないのに式神を作り出すなんて」

「えー?」


無精髭の男の感嘆を、仁季が否定する。


「違うよ。おねーちゃんはホントにハデスの国からケルベロスをショーカンしたんだよ。だってダークドッグさまだもん」

「ショーカン!」

「「「「ダークドッグ?」」」」


天狗を除く四人の問いが重なって、あなたはそっと視線を逸らした。

そして──

いろいろあって、あなたは退魔師の修行を始めることになった。

三つの頭を持つ仔犬を引き連れた少女退魔師ダークドッグが狭霧町の都市伝説となるのは、まだ少し先の話だ。


<ダークドッグ(ケルベロス)END>


*あなたがダークドッグENDを迎えたのは何回目ですか? ダークドッグENDの章番号をすべて足して2で割った数字が、ダークドッグENDのエピローグ章です。

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