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狭霧町奇談  作者: @眠り豆


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オルトロスはギリシア神話に登場する双頭の犬。

巨人と一緒にゲーリューオン王の牛を守って、ヘラクレスに倒されてしまった。

ゲームやファンタジーにも出演しているが、兄であるケルベロスほどメジャーではない。

魔術師の魔獣園では、ふたつの首でふたつの属性の魔法を吐くモンスターとされていた。


「オルトロス!」

「……」


辺りは霧に覆われたままだったけれど、あなたには光り輝くオルトロスの姿が見えた。

ふたつの頭を持つ黒い犬だ。

あなたが持っているレアカードから抜け出してきたのかと思うくらいそっくりだった。

地面にだらりと寝転んでいる、ものぐさそうな表情も同じだ。


「え、えーと? おーい」

「……」

「オルトロスー」


どんなに呼びかけても近寄ってこない。

あなたはその場に膝をついた。

空いているほうの手で頭を抱え、土気色の手を載せた腕をダラリと下げる。

立ち上がる気力が湧いてこない。体力もどんどん失われていく。

このまま全身の血を吸われて息絶えてしまうのだろうか。


「……」


そのとき、不意にオルトロスが立ち上がった。

しかし近づいてはこない。

オルトロスはふたつの口を開け──


「うぉうっ!」


炎と雷の魔法とともに咆哮を放った。


「え……っ? きゃあぁぁっ!」


あなたは目を閉じた。

けれど、いつまで待っても焼けつくような熱さは襲ってこない。

むしろさっきまでの脱力感が消えて、元気が湧いてきたような気がする。

手が軽い。あなたは恐る恐る目を開けて、自分の手を見た。

そこにはもう、土気色の手はなかった。

オルトロスの魔法で消滅したのだ。

さっきまで寝転んでいたのは、きっとゲームと同じように魔力を溜めていたのだろう。


「あ、ありがとう……」


あなたは立ち上がり、オルトロスに歩み寄った。

黒い毛皮を撫でる。

オルトロスは目を細めた。撫でられるのが嫌ではないらしい。

黒い毛皮は不思議な感触だ。

やわらかいようで硬く、硬いようでやわらかい。この世のものではないようだ。


(そうか、わたしが呼び出したんだから、この世のものではないのよね)


手の平に刺された爪の痕も消えている。

オルトロスを撫でているうちに心が落ち着いてきて、霧も晴れていった。


「おねーちゃん!」

「おえーちゃ!」


駆け寄ってくる子どもたちを見て、あなたは目を丸くした。

ふたりの頭が犬に変わっていたからだ。

もしかして、さっきの咆哮は彼らのものだったのだろうか。

天狗もスマホをしまって、心配そうな顔で近づいてくる。


「大丈夫か?」

「うん、たぶん……」

「あ!」


子どもたちがオルトロスに気づいた。

歓声を上げて飛びつこうとするが、オルトロスはするりと避けた。


「わんわ!」

「違うぞ、三太。これはオルトロスだ。レアなんだぞ?」

「レアー」

「こ、これは?」

「犬の鳴き声が聞こえたから、あなたたちが心配で、なんか……呼び出しちゃったの」


あなたの言葉を聞いて、仁季が自慢げに胸を張る。


「俺と三太が吠えてたんだ。犬の声には退魔の力があるからね!」

「ね!」


それから彼は、あることに気づいて嬉しそうな声を上げた。


「あ、おねーちゃんの影、オッサンじゃない」

「ないっ」


あなたは自分の影を確かめた。

実体と同じ姿、あなたが右手を上げれば右手を上げる、あなた自身の影だ。


「その子が炎と雷で手を滅ぼしてくれたからかな」

「手?」

「わんわ、いい子?」


子どもたちにくしゃくしゃにされて嫌そうな顔をしながらも、オルトロスはあなたの前から離れようとはしなかった。

守ろうとしているのかもしれない。


「……あの悪霊をひとりで?」

「だ、だれですかっ?」


聞き覚えのない掠れた声に振り向くと、そこにいるのは子どもたちと天狗だけではなかった。

頭に角を持つ──たぶん鬼だろう──赤いジャージの少年と、子どもたちによく似た黒いジャージの少年──こちらは河童に違いない──、日本刀を持った学生服の少年と無精髭を生やした男が増えている。無精髭は破れたデニムを穿いていた。


「俺は退魔師の珠樹」

「僕はその弟子の各務刃です」

「俺は雪に呼ばれてきた鬼だ」

「俺も雪に呼ばれてきた。ソイツらの兄の河童だ」


わけがわからない。

説明を求めて天狗を見ると、彼は瞳を輝かせて口を開いた。


「頼む、バステトも召喚してくれぬか?」


KY天狗の申し出を丁重にお断りした後で、あなたは事情を聞かされた。

あなたは土気色の手に宿った悪霊に操られていたのだという。

悪霊はあなたの強い霊力を利用して穢れた自分には入れない清浄な結界を破り、昔この山にいた龍神が遺した霊力を奪って復活しようとしていたのだ。

もちろんあなた自身の霊力も奪い尽くすつもりだったのだろう。


「思ったより君の霊力が強かったのと、木気の悪霊には最高のエサになる水気の河童が現れたことで、ここで復活しようとしたんだね。金気の天狗くんの存在に怯えて焦ったのもあるんじゃないかな」

「はあ……」


無精髭の自称退魔師の言葉はさっぱりわからなかったけれど、あなたは適当に頷いた。


(霊力が強いとか言われても、ねえ……)


もうすっかり名前も住所も電話番号も思い出しているが、霊感少女だった記憶はない。


「しかしすごいよ。霊紙もないのに式神を作り出すなんて」

「えー?」


無精髭の男の感嘆を、仁季が否定する。


「違うよ。おねーちゃんはホントにどっかからオルトロスをショーカンしたんだよ。だってダークドッグさまだもん」

「ショーカン!」

「「「「ダークドッグ?」」」」


天狗を除く四人の問いが重なって、あなたはそっと視線を逸らした。

そして──

いろいろあって、あなたは退魔師の修行を始めることになった。

双頭の黒犬を引き連れた少女退魔師ダークドッグが狭霧町の都市伝説となるのは、まだ少し先の話だ。


<ダークドッグ(オルトロス)END>


*あなたがダークドッグENDを迎えたのは何回目ですか? ダークドッグENDの章番号をすべて足して2で割った数字が、ダークドッグENDのエピローグ章です。

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