☆90
「……うーん、ゴメンね。夜の山は危ないからダメだよ」
「そっか」
「かー」
残念そうな顔はしたものの、ふたりは素直に首肯した。
スマホをしまいながら、天狗も頷く。
「そうそう。一の字が来る前に家に帰るのが一番じゃ。メールに返信があったから、すぐこっちに……遅かったの」
山道を走る足音が近づいてくる。
あなたたちも降りてきた坂道を滑り降りて、黒い影が飛び出してきた。
「こらっ! こんなところでなにやってんだ!」
「にーちゃんを迎えに来たんだよー」
「かぱかぱー」
「なにが迎えだ。イタズラする気満々じゃないか」
現れた少年はジャージを着ていた。
黒地に白と緑の線、どこかで見たことがあるようなデザインのジャージだ。
年のころは十代の後半、あなたや天狗と同じくらいだろうか。
少し背が低いけれど、華奢という印象は受けない。
黒い髪を短く刈っていて、スポーツマンという感じだ。
眉も目も細く、仁季よりも三太と似ていた。細い目で弟たちを睨みつける。
「とっとと帰れ。とーちゃんが畑でタソガレてたら、声かけて家に連れて帰っとけよ」
「はあい」
「おー!」
仁季と三太が姿を消すと、少年は天狗を睨みつけた。
天狗は長いまつ毛を怪訝そうにしぱしぱさせる。
「雪!」
「な、なんじゃ?」
少年はジャージの上着を脱ぎ、あなたの前に突き出してきた。
「雪は天然だから気にしないだろうが、この山にはスケベな鬼がいる。そんな薄手のパジャマでうろついてたら危ないぞ」
「あ、ありがとう」
着ていたパジャマはところどころ破れている。スケベな鬼には出会っていないが、山道に突き出した枝の先や生い茂る硬い葉っぱで痛い思いをしていたのだ。
あなたがジャージを羽織るのを見て、なぜか天狗がドヤ顔になる。
「一の字は気が利くであろう?」
「雪がKY過ぎるんだよ。女の子といるときは、もっと気を配れ」
あなたはふたりに──
「仲がいいんだね」→95
「仁季くんたち大丈夫かな?」→96