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通り過ぎる瞬間に、あなたは振り返った。
アパートの前には、真っ赤な髪の少年が立っていた。
獅子のように猛々しい髪は長く、後ろで束ねてポニーテイルにしている。
彼が着ている学生服を、あなたは知っていた。
あなたの通う高校の近くにある男子校の制服だ。その学校は柄が悪いのと、学力の低さで有名だった。
太い眉毛の下の鋭い視線にぶつかって、あなたは慌てて前を向く。
絡まれてはたまらない。
(でも……)
なにかを感じて、あなたはもう一度振り返った。
少年は俯いていた。太い眉が情けなく垂れ下がっている。
「……若丸くん?」
勝手に口からこぼれ出た名前を聞いて、少年が喜色満面で頭を上げる。
(ああ、そうだ)
髪から覗くねじれた角こそないものの、昨夜一緒に夜の森を歩いた鬼の少年だ。
「どうしてここに? その制服は?」
「昨日の後始末。退魔師に相談したら、ちょうどいいからって修行に繰り出されたんだ。っつっても……」
彼は腕を上げて、手首に通した黒い布の腕輪を見せた。
「暴走しねぇよう力を封印されて、だがな」
心なしか、少し自慢げだ。
「そっか。昨日の悪霊は逃げちゃったんだよね」
あなたは古びたアパートを見上げた。
あの手首を拾ったとき聞いた悲痛な泣き声が、耳に蘇る。
「……若丸くん」
「なんだ?」
「わたしって、本当に霊力が強いの?」
「ああ」
あなたは俯いて、唇を噛んだ。
今考えているのは、本当に言ってもいいことだろうか。
こんなことを言ってしまったら、二度と普通の生活に戻れないのではないか。
(でも……)
あなたは思い出してしまった。
ここで若丸と別れても、きっとここを通るたびに子どもの泣き声が聞こえてくる。
「若丸くんに協力させてもらえる? 足手纏いかな?」
「んなことねぇよ。ホントのこと言うと、こっちから頼みたくて、ここでお前が通りかかるの待ってたんだ。悪霊の結界は強い。巫女にされかけたお前以外が破ろうとしたら、どれだけ時間がかかるかわかんねぇ」
「そうだったんだ。だったら、若丸くんのほうから声をかけてくれれば良かったのに」
「退魔師に禁じられてたんだ。お前が気づかなかったら、諦めろって」
「そっか。でも気づいちゃったもんね」
あなたはアパートを見上げた。
昔のドラマに出てきそうな古びた建物だ。錆びた鉄の階段が一階と二階をつないでいる。
何年も無人だったのには理由がある、と若丸は語り始めた。
ずっとずっと昔、ここには自称・教祖が住んでいた。
彼は病気の子どもを案じる親の気持ちにつけ込み、神の力で病気を癒すと称して大金をせしめていた。彼が普通の治療を禁じたために、死んでしまった子もいたという。
罰が当たったのか、やがて彼自身も病気になり、死を待つだけになった。
彼は死後の復活を企み、治療を求めてやってきた子どもたちを殺して邪悪な儀式を行い、悪霊となった。
──そして今も、ここに、いる。
「んじゃ行くか。どこから見る?」
若丸に問われて、あなたは答えた。
「一階から」→57
「二階から」→127




