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狭霧町奇談  作者: @眠り豆


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70/156

★69

あなたはフェンスから手を離した。

随分しっかり握り締めていたようで、手の平に痕がついている。

視線を降ろして、隣の子どもたちに声をかけた。


「手は痛くない?」


ふわふわした茶色い髪の男の子が、大きな目を丸くする。

彼より小さい、細い目の子どもはじっと自分の手を見つめた。


「痛い!」

「たいっ!」


あなたはポケットからタオル地のハンカチを出した。

大きい子に黄色、小さい子に青いハンカチを渡す。

ふたりは自分たちの手にハンカチをかぶせて、フェンスを握った。


「あらあら大丈夫? 大事なハンカチが汚れてしまうわよ」

「予備を持ってきてるので大丈夫です」


さざ波を思わせる玲瓏な声に、あなたは振り返った。

そこには赤ん坊を抱いた女性が立っている。

月の光を具象化したような、この世離れした印象の女性だ。

ふたりと赤ん坊、そして、フェンスの向こうで3ON3の大会に出場している少年の母親だった。

子どもたちと父親は河童だが、彼女は人魚。海育ちの彼女は、時間をかけて川の淡水に馴染んだものの、出産の前後は体調を崩すため実家の海へ帰る。今抱いている四男の出産のときも、数ヶ月婚家を離れていたらしい。


「かーちゃん、にーちゃん頑張ってるよー」

「がばってる!」

「そうね」


ふんわりと微笑んで、人魚はあなたに視線を向けた。


「この大会で優勝したら、何匹くらいお魚がもらえるの? 貝かしら?」

「お魚や貝はもらえませんけど、お魚や貝を食べられる、海辺の海鮮レストランのお食事券がもらえるそうですよ」

「あらあら、素敵ね」

「素敵ですよねー」


くいっと、小さな手があなたの服の裾を引っ張った。


「なぁに?……あ」


この一家の長男、あなたと同じ学校で、退魔師のコンビを組んでいる一平が、優勝につながるシュートを決めたところだった。

あなたの学校のバスケ部が公式戦で敗退した後、彼は有志を募り学校の許可を得て、この大会に出場した。バスケットが好きで好きでたまらないのだ。


「やった! 一平くん勝ったね!」

「あらあら、良かったわね」


ふたりの子どもたちは、ぼーっとした顔でコートを見つめている。


「ふー……」

「うー……」

「どうしたの?」

「にーちゃん、カッコ良かったねえ」

「よかたっ!」

「そうだねえ」


やがて表彰も終わり、一平が帰ってきた。弟たちが彼に駆け寄る。


「トロフィーは?」

「ひーは?」

「ああ、トロフィーと賞状は譲って、俺は食事券もらったんだ。母さん、はい」

「あらあら、ありがとう」

「そろそろ父さんの片付けも終わってるだろ。ふたり……と四郎で食べてきなよ」


彼らの父河童は、畑で育てた野菜の規格外品をフリーマーケットで販売していた。

3ON3の大会が開催されていたバスケットコートは、狭霧町の中心部を少し外れたところにある、大きな公園の一部だ。フリーマーケットが開かれているのは中央の広場で、ほかにもテニスコートや薔薇園もある。


「あら……さんちゃんたちは置いていっていいの?」


母人魚の質問に、一平があなたを見る。弟河童たちにも見られていた。


「はい。またみんなでゲームセンター行こうねー」

「行こー!」

「おー!」


退魔師の実習兼仕事も彼の部活も、あなたの友達との用事もないときは、大体弟河童たちを交えた四人で町に遊びに来る。


「あらあら。それじゃお兄ちゃん、さんちゃんたちはお願いね」


母人魚と別れて、あなたたちは狭霧町中心部の商店街へ向かった。

駅前の大きなゲームセンターに、最近あなたたちの好きなゲームの筐体が二台入ったのだ。これで協力プレイも可能になる。


「おねーちゃん」

「なぁに?」

「にーちゃん、カッコ良かったねえ」

「う、うん」


ふたりと手をつないだあなたを守るように先を歩いていた一平が振り向いて、かすかに笑う。

あなたは心臓の動悸が激しくなるのを感じた。


(退魔師のときは仕事のことで頭いっぱいだから、ふたりっきりでも平気だけど、こういうときは緊張しちゃうから、まだまだみんな一緒のほうがいいな)


あなたと一平が退魔師以外でもコンビを組むのは、まだ少し先の話のようだ。


<一平 日常END>

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