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狭霧町奇談  作者: @眠り豆


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あなたは狭霧町の高校に通う学生だ。

通学するとき、いつも同じ道を通っている。

その途中に、何年も無人のアパートがあった。昔、なにか事件があったらしい。

なんだか不気味で前を通るのも嫌なのだけれど、ほかの道だと遠回りになってしまう。

朝の5分と引き換えにするほどの恐怖ではなかったので、あなたは毎朝毎夕そのアパートの前を歩いていた。最近はもう、不気味だと思うことも少なくなっていた。

昨日の帰り道のことだ。

あなたはそのアパートの前になにかが落ちているのに気づいた。

今あなたの手に爪を立てている、干からびて縮んだ土気色の手だ。

もちろんそんなもの、拾いたいと思うわけがない。

大きく迂回して通り過ぎようとしたあなたは、子どもの泣き声を聞いた。

ウソ泣きなんかじゃない。

胸を締めつける、悲痛な嗚咽だ。

声に気を取られたことでできた意識の空白になにかが入り込んで、あなたはそれを拾ってしまった。

それからのことはぼんやりしている。

食事を摂らずジュースも飲まず、冷水のシャワーだけ浴びてベッドに入ったことは、さっき霊力で作り出した斧で、土気色の手を滅したときに思い出していた。


「食事を摂らないのも、水を浴びるのも、神に近づくための儀式だ。あの悪霊は君を操って、自分の巫女にしようとしたんだよ」


無精髭の男が説明してくれる。

彼と学生服の少年は退魔師だと名乗った。

にわかには信じがたい話だが、こんな状況だ。疑う理由がない。

あなたは最初にいた十字路の東、一番風の勢いが強かった場所にいる。

開けた丸い空間の中央には、小さな石の祠があった。祀られているのは竜神だ。

この場所には龍神の結界が張られている。邪悪なものを受け入れない、清浄な結界だ。

悪霊はここに入って龍神の霊力を奪うため、あなたを利用しようとしていたのだという。

もちろん龍神だけでなく、あなたの霊力も奪う気だったに違いない。


「あなたと別れた後、川瀬さんが僕たちに連絡してくれたんです。悪霊に操られている子がいる。おそらく龍神の祠へ向かうから、待っていて助けてやってくれって」

「……ありがとう」

「いや。本当は最初から同行するべきだったんだ。あんたが自分の意思で動いてないのは明らかだったんだから。でも俺は、あんたと関わったら弟たちまで巻き込むんじゃないかって……器の小さい男で悪かったな」

「そんなことないよ! さっき、悪霊はわたしよりあなたを選んだもの。……あの子たちが襲われなくて、良かった」

「ありがとな」

「それはそうと、どうします?」

「刃くん?」


日本刀を持つ学生服の少年が、あなたに微笑みかけた。


「あなたも気づいていたように、先ほど倒したのは片手だけです。ヤツの本体はまだ存在しています。あなたとの絆も消えてはいない」


ハッとして、あなたは手の平を見た。

黒ずんだ爪痕が残っている。


「よせよ。彼女は普通の女の子なんだ。眠って目覚めて、こんなことなんか忘れればいい」

「そうだよ、刃くん。いくら霊力が強くても、ううん、強いからこそ、普通に生きていくのが一番だよ」

「僕は彼女の気持ちを聞いてるんです。川瀬さんもお師匠もちょっと黙っててください。……あなたはどうしたいですか?」

「どうって……」

「自分を操った悪霊にとどめを刺したくないですか?」


(どうなんだろう)


首を傾げたあなたの耳に、昨日聞いた子どもの泣き声が蘇ってきた。

悪霊にとどめを刺したら、あの子たちは泣きやんでくれるだろうか。


「各務!」


河童少年が、あなたと退魔師の少年の間に割り込んでくる。


「お前、強引過ぎるぞ。襲われて、俺もアイツと因縁ができた。彼女がいなくても結界に入れるんだ。無理矢理引き込むことはない」

「……ごめんなさい」

「そうだね。俺たちが決めることじゃない。彼女が決めることだ」


(わたし、わたしは……)


不意に眠気が襲ってきた。

体全体が重たい。意識が沈んでいく。視界が暗くなる。

あなたが眠り始めたのに気づいたのだろう。

骨ばった手が撫でてくれる。おやすみ、と優しい声が囁く。

河童少年だ。

なんだか涙が出て来た。暗い夜の森をさ迷って、あなたはずっと怯えていたのだ。


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もう一度、彼に会いたいな。→150へ進む

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