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「初めまして、俺は珠樹」
「僕は各務刃です」
ふたりは退魔師の師弟なのだという。
突拍子もない話だけれど、これまで散々化け物を見てきたあなたに、疑う気は起こらなかった。
「鬼のお姫さまの野点にお呼ばれされたんだけど、ちょっと遅刻しちゃってね」
「地縛霊を口説きに行ってたからでしょう」
「傷ついた彼女を癒しに行ってたの。ていうか、その後で刃くんが近道とか言い出さなけりゃ約束の時間には間に合ってたしー」
珠樹と名乗った無精髭男のからかうような言葉に、刃少年が赤くなる。
「や、山道は迷いやすいんです!」
「……ま、今夜は特別か」
二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
珠樹が、あなたに意味ありげな視線を向けてくる。
なにかを察したような顔になり、刃が学生服の上着を脱いであなたに渡した。
「気をつけてね。この人、女好きだから」
「……俺、刃くんの師匠だよね?」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。師匠らしいとこ見せてあげる」
刃から受け取った学生服を羽織ったあなたに、珠樹がスニーカーを脱いで差し出してくる。
「どうぞ、シンデレラ。こんな山道で裸足じゃ辛いでしょ? 若い子は胸ばっか見てるから、上着しか思いつかない」
「ありがとうございます」
あなたは素直に好意を受け取ることにした。
今の状況が急に怖くなってきたのだ。
(パジャマ一枚で夜の山にいるなんて、絶対おかしいよね)
背筋を凍らせる異常さの中、ふたりの気遣いは唯一の温もりだ。
珠樹から受け取ったスニーカーを履くと、柑橘系の香りが漂ってきた。彼のコロンだろう。
そういえば、木にぶら下がった女のところでも感じた香りだ。
(あの人、すごく怖かったなあ……)
珠樹の癒しは、あまり効果が出ていないようだ。
「こんな時間にこんな場所にいるなんて、なにか事情があるんだと思うけど、良かったら途中まで一緒に行かない?」
あなたは頷いた。
ウサギを探さなくてはいけないという使命感は薄れている。
なにしろあなたは、いまだに亡くなった恋人の名前さえ思い出せていないのだ。
「じゃあ行こうか」
「疲れたら言ってくださいね」
歩き出したふたりの後を追いかけて、急な傾斜の坂道を登る。
彼らが進むごとに霧が晴れていくような気がした。
これまで気づかなかった生き物の気配もする。
梢の向こうで動く小さな影はリスだろうか。
「……あ」
あなたは風を感じて足を止めた。
鬱蒼と茂った木々と霧のせいで、どこにいても同じ場所のように感じるけれど、ここには四方から風が吹きつけてくる。
どうやら最初にいたところへ戻ってきたようだ。
東から吹く強い風を浴びた瞬間、なぜか手の中でしずく型の石が震えたような気がした。
前のふたりも足を止め、あなたをふり返る。
「良かったら、このまま鬼のお姫さまのとこ行かない?」
「なにをしようとしてるのかは知らないけど、落ち着いて考えをまとめてからのほうが、いい結果が出ると思います」
あなたは──
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