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あなたは子どもたちに声をかけないことにした。
ウソ泣きなのは見え見えだし、時間や場所も普通ではない。さっき見た空飛ぶ生首やぶら下がり女のようなオバケということも考えられる。
本当に泣いている子どもの悲痛な声を思い出し、あなたは首を傾げた。
友達の弟のことを思い出したとき、自分には弟妹がいなかったことも思い出している。
耳にこびりついた子どもの泣き声はどこで聞いたというのだろう。
ウソ泣きを聞いていると、逆にその真に迫った悲痛な泣き声が蘇って止まらない。
あなたは耳を押さえ、こっそり離れようとした。
ところが──
背後からだれかの気配が近づいてくる。ふたりほどいるだろうか。
あなたは耳から手を離した。掠れた声と涼やかな声が会話している。
「……すっかり遅くなっちゃったね。寅さん、怒ってるかな」
「怒ってるに決まってるでしょう? 約束の時間が何時だったと思ってるんです?」
へらへらした笑みを浮かべた無精髭の男と、学生服で日本刀を持った生真面目そうな少年だ。しゃべりながら近づいてくる。
急いで近くの柳の陰に隠れたあなたは、どうやら見つからないで済んだらしい。
ふたりの方角から吹く風が、爽やかな柑橘系の香りを運んできた。コロンだろうか。
「俺だけのせいかなー? ほら、刃くんの言うとおりに進んだら、また村の入り口に戻ってきちゃったよ」
「だったら最初から、僕を置いてひとりで来れば良かったでしょう? 僕が方向音痴なのは、お師匠が一番ご存知でしょうが!」
「だってひとりで来たら、肉食女子の寅さんに食われちゃいそうで怖かったんだもーん」
子どもたちもふたりに気がついて、顔を上げた。
「……っ!」
あなたは叫びを飲み込んだ。
子どもたちには顔がなかった。
青と黄色のパーカーのフードに包まれている頭には、髪があっても目鼻がない。
泣いていたはずなのに、口もない。
ないのに子どもたちは甲高い声を上げた。
「あ、退魔師だ」
「しだー」
無精髭の男が腰をかがめ、子どもたちに顔を近づけた。
デニムと長袖のシャツというラフな格好をした彼は、イタズラな笑みを浮かべ、掠れた声で言う。どことなく貧乏そうで、デニムの破れがおしゃれなのか買い換えるお金不足なのかは判断しかねた。
「よお、悪河童兄弟。こんなところで遊んでたら、兄ちゃん河童に怒られるぞ」
「うるせーな」
「せえな」
「説教してる余裕があるんなら、さっさと地縛霊退治しろよ」
「しろよー」
「まったくです」
「刃くんまで……だれもわかってくれない。俺は、傷ついて死を選び地縛霊となった彼女を力ずくで祓うような真似したくないんだ。だからゆっくり話をして、彼女の心を癒そうとしているのに……」
「惚れっぽい地縛霊に熱い目で見られて、鼻の下伸ばしてるだけでしょう」
「最低だー」
「だっ!」
学生服の少年は、ポケットから取り出したなにかを子どもたちに渡した。
「マカロンだー」
「ロンロン?」
「お母さんがいなくて寂しいのはわかるけど、お父さんとお兄さんが心配するよ。それをあげるから家に帰りなさい」
「もいっこちょうだい」
「もっこ」
「そんなに食べられるのかい?」
「かーちゃんが帰ってきたらあげる」
「おえ(れ)も」
「そうか」
少年がお菓子を追加すると、子どもたちはのっぺらぼうではなくなった。
目鼻が現れたのだ。口もある。ふたりはもらったマカロンを齧りながら帰っていく。
「俺、二個とも自分で食べると思う」
「いいんですよ。どうせ寅姫のところでお菓子が出るんですから」
「えー。刃くんってば、あの悪趣味なまんじゅう好きなの?」
「今夜は野点って名目なんですから、お茶菓子が出ますよ」
「そっかー。……ところで君、どうしたの?」
無精髭の男が、木陰に隠れたあなたに視線を向けた。
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