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狭霧町奇談  作者: @眠り豆


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あなたは河童に会いたいと告げた。

背負ってもらうつもりはないけれど、夜の山でスケベな鬼に会うなんて冗談じゃない。


「わかった。……つながらん」


頷いてスマホをつついた天狗は、すぐに情けない顔になった。


「この山は電波が入りにくいのじゃ。仕方ない。一の字は麓の川原におるじゃろうから、ちょっとだけ歩いて誘いに行こう。北へ向かえばすぐだ」


彼はダルくてたまらないという表情で、フラフラと急な傾斜を降りだす。

今にも転びそうで、あなたはハラハラした。


「だ、大丈夫? 良かったら肩を貸そうか?」

「いくら吾でも女子に肩を借りようとは思わぬよ」

「でも……」

「そうじゃの。一の字のおる川原に行くには遠回りになるが、もっと傾斜のゆるい坂を降りようか」


首肯したあなたに頷き返して、天狗は方向を変えた。

闇に浮かぶ白い翼を追いかけて、あなたも歩き出す。

少し進むと、確かにゆるい坂があった。

地面には踏みしめられた跡もある。近くの村の妖怪たちが通るのかもしれない。

坂道を降りていくと、次第に霧は薄くなっていった。

やがて水音が耳朶を打った。

水音だけではない。甲高い声のようなものも聞こえる。


(あれ?)


人里が近いのだろう、踏みしめられた道が坂の前に現れた。

細い道は流れる川に沿って伸び、並んだ柳の木が水面を見下ろしている。

近くの柳の根元にふたつの影がある。

小さな影は黄色、もっと小さな影は青いパーカーを着ていた。

聞こえていたのはふたりの男の子が放つ泣き声だった。


(でも……)


あなたは不意に、友達の弟と遊んだときのことを思い出した。

ゲームでインチキしたのを怒ったら、今聞こえているのと同じ声でウソ泣きされた。友達は慣れたもので、うろたえるあなたの代わりに、ぽこんと弟の頭を殴って黙らせていた。

黄色いパーカーの子どもは小学校低学年の六歳か七歳くらい。

ちょうど友達の弟と同じ年ごろだ。

青いパーカーのほうはもっと幼い。ふたつか三つだろう。

この時間この場所にそんな小さな子どもたちがいるなんて妙な話だ。

本当に泣いている子どもの悲痛な声を思い出し、あなたは首を傾げた。

友達の弟のことを思い出したとき、自分には弟妹がいなかったことも思い出している。

耳にこびりついた子どもの泣き声はどこで聞いたというのだろう。

ウソ泣きを聞いていると、逆にその真に迫った悲痛な泣き声が蘇って止まらない。

あなたは耳を押さえ、どうしようかと天狗を見つめた。


「ニッキー」


天狗はあなたの視線には気づきもせず、子どもたちに呼びかけた。

黄色いパーカーの子どもが顔を上げる。

頭を揺らしたことでフードが外れて、茶色くふわふわした髪が見て取れた。

顔立ちも可愛い。もしかして女の子だろうか。

しかし、やっぱりウソ泣きだった。大きな瞳に涙は滲んでいない。


「雪ちゃんじゃん。どうしたの?」

「たの?」


天狗はあなたの存在を思い出したかのように振り向いた。


「一の字の弟たちじゃ」

「この子たちも河童なの?」

「うん。かぱー!」

「かぱっ!」


子どもたちの頭に皿、口元にクチバシが出現した。

パーカーの背中が盛り上がったのは、大きな甲羅があるからに違いない。

ひとりでいたら驚いて尻モチをついていたかもしれないが、翼のある天狗としばらく過ごしていたせいか、あなたはさほど驚かなかった。

むしろ可愛いと思った。

そういえば翼が生えているのに、天狗の服の背中は破れていない。

不思議だけれど、そういうこともあるのだろう。


「おねーちゃんはなんの妖怪?」

「かぱ?」

「彼女は妖怪ではないぞ」


天狗はなぜか自慢げに胸を張った。


「前回の魔獣園大会で狭霧地区の優勝者となったダークドッグ殿じゃ!」

「ちょ!」


あなたは顔が熱くなるのを感じた。

いくら子ども相手でも、中二ネームを言いふらされたくはない。

案の定ふたりのチビ河童は、ぽかんとクチバシを開けている。

きっと天狗の言葉の意味がわからないのだ。

黄色いパーカーの子どもが震え出した。


「どうしたの? 風邪?」


思わず駆け寄ったあなたは、キラキラと光る瞳で見上げられた。


「ホント?」

「え?」

「おねーちゃん、ホントにダークドッグさまなの?」

「さ、さま?……あれ? もしかしてさっき言ってたニッキーって」


あなたは前に魔獣園で対戦した相手の名前を思い出した。

オンライン対戦なので顔はわからないが、プレイしているゲームセンターのある地域が表示されるので、案外近くにいるのかもしれないと思ったことも覚えている。

あなたはその名前を口にした。


「ニッキーラットくん?」

「うん!」

「そっかー。2回対戦したことあるよね?」

「うん!」

「1回目はレア度の高いカードを使ってたからすごいなーって思ったよ。2回目はノーマルカードを入れてコンボの効果を高めてたから、やっぱりすごいなーって思ったな」

「うへへ」

「どっちも瞬殺じゃったがの」

「もー! 雪ちゃんは黙ってて!」

「吾は決勝戦で互角じゃった」

「はいはい」


十歳は違うだろう相手の言葉を聞き流して、子どもはあなたに話しかける。


「あのね、俺、本名が仁季なの。川瀬仁季、小学一年生です」

「しゃんたです」


子どもたちが揃ってお辞儀する。


「仁季くんだからニッキーラットなんだ。弟さんはしゃんた……三太くん?」

「んむっ」

「もー三太はいいの! それでね、ダークドッグさま。俺ね、雪ちゃんのダブリカードもらって強いつもりでいたけど、ダークドッグさまに負けてカイシンしたんだ。レアなカードさえ使えば強いってわけじゃなくて、ちゃんとそれぞれの能力を組み合わせて戦うのが一番強いんだよね!」

「吾は能力も考えておるぞ。それよりニッキー、一の字はどこじゃ」


天狗の口出しに、仁季はぷくーっとほっぺを膨らませた。


「川原でシュート練習してると思う。にーちゃんバスケばっか」

「試合が近いから仕方があるまい。吾らは一の字のところへ行くから、そなたらもあまり夜更かしせぬようにな」

「昼夜逆転してる引きこもり雪ちゃんに言われたくなーい。ところで、にーちゃんになんの用?」

「にゃんにょ?」

「彼女のウサギ探しを手伝うのじゃ」

「ウサギ?」

「しゃぎ」

「俺、前にこの山でリス見たことある」

「おえ(れ)も!」


仁季と三太があなたに抱きついてきた。


「俺もウサギ探すー!」

「おえも!」


いくら妖怪とはいえ、幼い子どもたちを夜の山に同行させるのは危険だ。


(でもここに置いていくのも心配だよね)


あなたは救いを求めて天狗を見たが、彼はスマホをいじり始めていた。

この辺りは電波が入るのかもしれない。


「ねえねえ、いいでしょ? ダークドッグさま!」

「しゃま!」


あなたは──


「危ないから、一緒に来る?」→49へ進む

「危ないからダメだよ」→90へ進む

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