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あなたは狭霧町の高校に通う学生だ。
通学するとき、いつも同じ道を通っている。
その途中に、何年も無人のアパートがあった。昔、なにか事件があったらしい。
なんだか不気味で前を通るのも嫌なのだけれど、ほかの道だと遠回りになってしまう。
朝の5分と引き換えにするほどの恐怖ではなかったので、あなたは毎朝毎夕そのアパートの前を歩いていた。最近はもう、不気味だと思うことも少なくなっていた。
昨日の帰り道のことだ。
あなたはそのアパートの前になにかが落ちているのに気づいた。
今あなたの手に爪を立てている、干からびて縮んだ土気色の手だ。
もちろんそんなもの、拾いたいと思うわけがない。
大きく迂回して通り過ぎようとしたあなたは、子どもの泣き声を聞いた。
ウソ泣きなんかじゃない。
胸を締めつける、悲痛な嗚咽だ。
声に気を取られたことでできた意識の空白になにかが入り込んで、あなたはそれを拾ってしまった。
それからのことはぼんやりしている。
食事を摂らずジュースも飲まず、冷水のシャワーだけ浴びてベッドに入ったことは、今この龍神の祠がある空間に入った瞬間に思い出していた。
あなたの話を聞いていた、日本刀を持った学生服の少年が頷く。
「食事を抜いたのは断食、水のシャワーは禊の代わりでしょう。ヤツはあなたを自分の巫女に仕立てるため、強制的に儀式をさせたんです」
「龍神の清浄な結界に入れない穢れたアイツは、君を巫女にして運ばせたんだ」
「アイツ、なんなんですか?」
「悪霊、復活を企む悪霊です。あなたの通学路にある、そのアパートに……」
無精髭の男が、へらへらと笑いながら少年の言葉を遮った。
「でも大丈夫。いやあ、すごいなあ。君、ひとりで悪霊を退治しちゃったよ。もう安心して大丈夫。実はね、今の君は実体じゃないんだ。魂だけの幽霊みたいな存在。体は家のベッドで寝てる。体に戻って目覚めれば、今夜のことはただの夢になる」
「……いいえ、アイツはまだ存在してます。さっき断末魔が聞こえなかったんです」
静かに言って見つめると、無精髭の男は口を閉ざした。
学生服の少年が苦笑を漏らす。
「そうだね。あの手は、あなたを操るための端末に過ぎません。悪霊の本体は、今もあなたの通学路にあるアパートにいます。……お師匠、彼女に力を貸してもらいましょうよ。悪霊の結界は強い。僕たちだけじゃ入れません」
「悪霊の手退治に関われてたら、結界を破るのに必要なつながりが持てたんだけどね」
「仕方ないですよ。彼女が悪霊の手と戦っている間、僕たちはここに入れなかったんですから」
悪霊があなたの霊力を利用して、結界を張っていたらしい。
(霊感少女だった記憶はないんだけどな……)
無精髭の男が、どこか悲しそうに微笑んで、あなたに問いかけてくる。
「君、どうしたい? 最後までこの件に関わりたい? それともさっき言ったみたいに、すべて夢にして忘れてしまう? 俺は忘れたほうがいいと思うよ。これ以上関わったら、もう元の世界に戻れない」
「無理ですよ、お師匠。悪霊に利用されたことで彼女の霊力は外に向いてしまいました。これからは見えないものが視え、聞こえないものが聴こえるようになるでしょう。……これほど霊力が強ければ、これまで通り気づく前に浄化していくかもしれませんが」
学生服の少年が、あなたに語る。
「僕は、あなたに最後まで関わって欲しいです。そして、自分の力の使い方を知って欲しい。道を選ぶのは、制御できるようになってからでも遅くないはずです」
あなたは──
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