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「河童……さんに会ってみたいかな」
あなたは鬼にそう伝えた。
機転の利くオトメンの妖怪だなんて、なんだか面白そうだ。
「わかった。じゃあ……」
鬼は北へと歩き出した。山の麓へ向かう方角だ。
進行方向から、水音が聞こえてくる。
「こっちだ。たぶん川原でシュート練習してやがる。あいつバスケ部のレギュラーだけど、昼間は畑仕事の手伝いや弟たちの子守で練習できないからな」
東から吹く風に、ほんのり後ろ髪を引かれながらも、あなたは鬼の広い背中を追って歩き出した。
(畑って、やっぱりキュウリの畑なのかな? っていうか……河童がバスケ部?)
河童に会うのが、ちょっぴり楽しみになってきた。
ふたりで傾斜の激しい山道を降りていくと、次第に霧は薄くなっていった。
やがて水音が耳朶を打った。
水音だけではない。甲高い声のようなものも聞こえる。
(あれ?)
人里が近いのだろう、踏みしめられた道が坂の前に現れた。
細い道は流れる川に沿って伸び、並んだ柳の木が水面を見下ろしている。
柳の根元にふたつの影。小さな影は黄色、もっと小さな影は青いパーカーを着ていた。
聞こえていたのはふたりの男の子が放つ泣き声だった。
(でも……)
あなたは不意に、友達の弟と遊んだときのことを思い出した。
ゲームでインチキしたのを怒ったら、今聞こえているのと同じ声でウソ泣きされた。友達は慣れたもので、うろたえるあなたの代わりに、ぽこんと弟の頭を殴って黙らせていた。
黄色いパーカーの子どもは小学校低学年の六歳か七歳くらい。
ちょうど友達の弟と同じ年ごろだ。
青いパーカーのほうはもっと幼い。ふたつか三つだろう。
この時間この場所にそんな小さな子どもたちがいるなんて妙な話だ。
本当に泣いている子どもの悲痛な声を思い出し、あなたは首を傾げた。
友達の弟のことを思い出したとき、自分には弟妹がいなかったことも思い出している。
耳にこびりついた子どもの泣き声はどこで聞いたというのだろう。
ウソ泣きを聞いていると、逆にその真に迫った悲痛な泣き声が蘇って止まらない。
あなたは耳を押さえ、どうしようかと鬼を見上げた。
「ああ、悪ぃ。歩きやすい坂を選んで降りてたら、目的地がずれちまった。ここは狭霧山にある村の入り口付近だ」
「そうだったんだ。えっと、あの子たち……」
「俺らが探してる河童の弟だ。おい、チビども」
黄色いパーカーの子どもが顔を上げる。
頭を揺らしたことでフードが外れて、茶色くふわふわした髪が見て取れた。
顔立ちも女の子かと思うほど可愛いが、河童の弟と言っていたから男の子なのは間違いなかった。
大きな瞳に涙は滲んでいない。やっぱりウソ泣きだ。
「あ、丸だ。こんな遅くにどうしたの?」
「たの?」
ふたりはあなたを見て目を丸くした。
「もしかして、カノジョできたの?」
「カノジョー?」
「は、バッカ、ちげぇよ。まだカノジョじゃねぇし、な?」
真っ赤になってうろたえる鬼と子どもたちに、あなたは首肯して見せた。
「うん。全然違うよ。カノジョなんかじゃありません」
自分でも忘れかけていたけれど、あなたは亡くなった恋人を復活させるためにウサギを探しているのだ。
赤鬼は、ちょっとだけ不満げに唇を尖らせた。
子どもたちは顔を見合わせて頷き合う。
「だと思ったー」
「たねー?」
「うっせぇ。チビども、一はどうした」
鬼に質問されて、黄色いパーカーの子どもはぷくーっとほっぺを膨らませた。
「川原でシュート練習してると思う。にーちゃんバスケばっか」
「試合が近いから仕方ねぇだろ。アイツぁバスケ部のエースだからな」
「えへへ、まぁね。県下一のバカ男子校で、ケンカに明け暮れてる丸とは違うよ。ところで、にーちゃんになんの用?」
「にゃんにょ?」
親指を立てて、鬼はふたりにあなたを紹介した。
「コイツのウサギ探しを手伝ってもらおうと思ってな」
「ウサギ?」
「しゃぎ」
「俺、前にこの山でリス見たことある」
「おえ(れ)も!」
「一緒に探してあげよーか?」
「あげゆー」
ふたりしてあなたに抱きついてくる。
あなたは鬼を見た。彼は太い眉の間に皺を寄せて、首を横に振る。
「……うーん、ゴメンね。夜の山は危ないからダメだよ」
「そっか」
「かー」
残念そうな顔はしたものの、ふたりは素直に首肯した。
「そうだそうだ。一に見つかる前に家へ帰れ。ここで会ったことは黙っといてやるから……って、遅かったか」
山道を走る足音が近づいてくる。
あなたたちも降りてきた坂道を滑り降りて、黒い影が飛び出してきた。
「こらっ! こんなところでなにやってんだ!」
「にーちゃんを迎えに来たんだよー」
「かぱかぱー」
「なにが迎えだ。イタズラする気満々じゃないか」
現れた少年はジャージを着ていた。
黒地に白と緑の線、どこかで見たことがあるようなデザインのジャージだ。
年のころは十代の後半、あなたや鬼と同じくらいだろうか。
少し背が低いけれど、華奢という印象は受けない。
黒い髪を短く刈っていて、スポーツマンという感じだ。
眉も目も細く、女の子のような黄色いパーカーの子どもより青いパーカーを着た小さな子に似ていた。
彼は細い目で弟たちを睨みつける。
「とっとと帰れ。とーちゃんが畑でタソガレてたら、声かけて家に連れて帰っとけよ」
「はあい」
「おー!」
ふたりが姿を消すと、河童はあなたに微笑みかけた。
「初めまして。幼なじみがお世話になってます。……良かったな、丸、カノジョができて」
「あ、違います」
「これは失礼しました」
彼は鬼を睨みつける。
「丸、まさか狭霧町から、さらってきたんじゃないだろうな? 鬼が女性をさらうなんて、人の頭に見立てたまんじゅうを飾るのと同じ、妖怪の領地に人間を近づかせないためのウソに過ぎないんだぞ?」
「さらってねえよ! コイツがウサギ探すの手伝ってるだけだ」
「なんだ、そうか。……それならメールしたほうが早いだろ」
「この山は電波が入りにくいから」
「いい加減携帯の使い方くらい覚えろ。今夜は俺が雪にも連絡しとく。手分けしたほうが効率いいからな」
「……っす」
なんだか兄弟みたいだ。子どものように扱われて、鬼はすっかり拗ねている。
あなたは笑いを噛み殺した。
河童の視線があなたを向いて、あなたは慌てて姿勢を正す。
「うちの弟たちがリス見たって言ってた場所があるんで、行ってみますか? 南のほうなんで、坂道を上がらないといけないんですが」
「大丈夫です。あの、年も変わらないみたいだし、敬語はやめてください」
「そうです……だな。そちら、あんたもタメ口で話してくれよ」
「はい、わかり……わかった」
会話するあなたと河童の間に、鬼が割り込んできた。
「んじゃ行くぞー」
降りてきたばかりの坂道を上がり、四方から風が吹きつける、最初いた場所に戻る。
河童の弟がリスを見たのは、一番強い風が吹いてくる東の方角だという。
あなたたちはそちらへ向かって歩き出した。
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