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狭霧町奇談  作者: @眠り豆
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「天狗さんがいいです」


夜の山でスケベな鬼と会いたくはない。

河童の口角が上がる。


「だろうな。じゃあ……」


彼は西に向かって歩き始めた。

目指す方角の樹上では、白い月が輝いている。

今は何時くらいなんだろうと、ふと思った。

東からの風に後ろ髪を引かれながら、麓の北から頂上の南へ伸びる急な傾斜を横切る。

枝葉を避けて、少し開けた空間に入った。

河童が夜空を見上げる。

あなたも彼の真似をした。月が眩しい。


「雪!」


河童の声が響いて、あなたは白い月に溶けていた白い影に気がついた。

太い枝の上、高下駄を履いた足で踏ん張って、宙に伸ばした手を振っている。

揺れる手が握っているのは四角いなにか──


(スマホ?)


「おお、一の字か」


神社の神主を思わせる古風な和装に身を包んだ少年が、白い翼を広げて降りてくる。

真っ白な髪に真っ白な肌、陶器の人形のように整った顔だ。

長いまつ毛の下の瞳は黒かと思ったが、よく見ると赤だとわかった。

濃く深い、吸い込まれそうな赤い色。


「全然電波が入らぬ! このままでは魔獣園が終わってしまう!」

「え」

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

「ん? もしやそなた……」


魔術師の魔獣園はカードから召喚したモンスターを戦わせて、召喚魔術師の頂点に立つことを目的としたゲームだ。オンライン対戦で、全国各地の同好の士と戦える。どちらかといえば男性向けのゲームだが、最近深夜アニメ化されて女性のファンも急増中だ。

あなたはゲーム派で、友達はアニメ派──ということを、あなたは今の天狗の言葉で思い出していた。

しかし、あなたは期待に満ちた目で見つめてくる天狗から顔を逸らした。

この状況で話題にすることではないし、彼がアニメだけでなくゲームにも詳しく、先日狭霧町で行われた大会に参加でもしていたら、中学二年生のときにつけたプレイヤーネームに気づかれてしまうかもしれない。


「雪、暇か?」


河童に言われ、天狗はあなたからスマホへと視線を移動させた。


「今、暇になった。……はああ、今回の話は円盤が発売されてから観るとするか」

「だったら手伝ってくれ。彼女がウサギを探している」

「一の字のカノジョか?」

「違う」

「では丸に紹介してやったらどうじゃ? アイツは24時間カノジョ募集中とほざいておったぞ」

「そんな気の毒なことはできない」

「そうじゃな。……おっと、ウサギ探しじゃったな。協力しよう。善行を積むことで、チョコウェハースのシークレットカードをゲットできるかもしれぬしのう」


実はあなたは、そのチョコウェハースの前のキャンペーンで、シークレットのカードを二枚当てていた。ダブっているので1枚譲ってもいいのだが、


(まあ、そんな場合じゃないわよね)


ウサギが見つかって、目的を果たしてから考えればいいことだ。

──目的。

あなたは不意に不安になった。

好きなゲームや友達の趣味まで思い出したのに、あなたはまだ、復活させたいと望んでいるはずの恋人の、顔も名前も思い出せていない。


「ああ、すまない。俺たちだけでしゃべってたな」

「ううん。ふたりともありがとう」

「雪、ウサギがいそうな場所に心当たりはないか?」

「そういえばこの前、ニッキーがリスを見たと言うておったな」

「ああ、俺も聞いた。ここからだと東だな」


どうやらさっきいた辺りのようだ。あなたも梢に動く影を見た。

リスがいたのなら、同じ小動物のウサギもいるかもしれない。

あなたと河童と天狗は、東に向かって歩き始めた。

数歩進んだところで、天狗が動かなくなる。


「ウサギがいたのか?」

「……疲れた。一の字、おぶってくれ」


河童が無言で歩き出したので、あなたは慌てて天狗に駆け寄った。


「か、肩貸しましょうか? あの、お疲れだったら、わたしひとりで探すので……」

「いやいや、いくら吾でも女子に肩を借りようとは思わぬよ」

「カードのために善行積むんだろ?」

「そうであった」


歩き始めた天狗だったが、その後も数歩歩くごとに疲れたを連発した。

どうやら、かなりものぐさなようだ。


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