147
キィキィと啼くように軋む錆びた階段を上がって、二階の外廊下へ立つ。
外気にさらされた手すりとは逆の壁には、ふたつの扉が並んでいた。
あなたは首を傾げた。
「このアパートって、一階にも二階にも三室ずつなかったっけ」
「悪霊が、なにか吾らに見られたくないものを隠しておるのじゃろう」
「そうなんだ」
ここは幻の世界だ。あなたたちは、もう悪霊の結界に入っていた。
現実の姿を真似た幻は、現実と影響し合うという話だ。
雪比古は扉のない白い壁を通り過ぎて、東端へと歩いていった。
東角部屋のドアノブを握り、回して頷く。
「なにかあったの?」
「うむ。吾には開けられぬことがわかった。そなた頼む」
「わ、わたし?」
恐る恐るドアノブを握って回すと、鉄の扉はすんなりと開いた。
あなたと雪比古で室内に入る。
畳敷きの和室だ。
東の土壁一面に鏡が飾られている。
壁に釘を打ち、紐でぶら下げられていた。
土でできた壁は膨らんだり凹んだりしているので、鏡は床に対して垂直ではない。
畳を映した鏡は、窓からの光を反射して反対側の壁を照らし出している。
雪比古が呟きを漏らした。
「……氷輪の」
「玉鏡……?」
満面の笑顔になって手を差し出してくるので、あなたは彼にハイタッチをした。
『氷輪の玉鏡』とは、『魔術師の魔獣園』に出てくる『かぐや姫』というキャラクターの技だ。無数の鏡を呼び出して、敵の攻撃を反射する。
「持つべきものはゲー友じゃのう。丸や一の字ではこうは行かぬ。……では、この鏡を壊すぞえ」
「大丈夫? 罠とかじゃないの?」
「罠ではない。この鏡は、階下に封じた子どもらの霊から搾り取った霊力を、西の角部屋にいる悪霊へ運ぶ仕組み。運ぶという機能を持つがゆえ、扉を消せなんだのじゃろう」
「子どもたちの霊から……」
あなたの耳に、昨日聞いた悲痛な泣き声が蘇った。
「この鏡って幻なんだよね? わたしでも壊せるの?」
「うむ。そなたは霊力が強い。それゆえ悪霊に狙われたのじゃ」
あなたには、自分が霊感少女だった記憶はない。
けれども自分の力で、あの悲しい泣き声を止めることができるのなら、嬉しいと思った。
考えてみれば昨夜だって、あなたは願って水を呼び出したのだ。
「あ、そうじゃ」
近くの鏡に拳を振り下ろそうとしたとき、雪比古が声を上げた。
「なぁに? あ、幻でも現実と影響してるから、腕に布かなにか巻いたほうがいいかな」
「そうではない。吾の真名は雪烏比古という」
「真名って?」
どこかで聞いた覚えがある。
「魔獣園にも出てくるであろ? モンスターを操ることのできる、本当の名前じゃ」
「……ちょ! そんな大事なもの、わたしに教えていいの?」
「そなたは吾の心の友じゃもの。では壊そうぞ」
子どものように無邪気な顔で微笑んで、雪比古は楽しげに鏡を割り始めた。
(名前を呼んだら、どこででも呼び出せたりするのかな?……まさかね)
あなたも後に続いた。
*あなたは雪烏比古の真名を知りました。彼の真名数は『+9』です。
★のついた番号の章へ行ったとき、その番号に9を足した番号の章へ進むと、なにかあるかもしれません。
それでは──
→145へ進む