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一階の壁には、ふたつの扉が並んでいた。
あなたは首を傾げた。
「このアパートって、一階にも二階にも三室ずつなかったっけ」
「悪霊が、なにか吾らに見られたくないものを隠しておるのじゃろう」
「そうなんだ」
ここは幻の世界だ。あなたたちは、もう悪霊の結界に入っていた。
現実の姿を真似た幻は、現実と影響し合うという話だ。
雪比古はフラフラと、扉のない左端へと歩いていく。
扉のない白い壁を見つめたかと思うと、くるりと踵を返した。
「二階へ行くぞえ」
「どうしたの?」
「あそこに隠されているのは、封じられた子どもらの霊じゃ」
「え!」
とっさに駆け寄ろうとしたあなたの腕を、思いがけないほど強い力で雪比古が掴む。
「あの部屋で吾らが力を放つと、子どもらの霊と一緒に封じられてしまう。二階にあるであろう霊力を運ぶ仕組みを壊すほうが安全じゃ」
「でも……」
雪比古の真剣な顔を見て、あなたは黙った。
いつものん気でKYな彼だけれど、今は本気で怒っているようだ。
「霊力を運ぶ仕組みを壊すときは、そなたの力も借りるぞえ」
「わたしの力?」
「うむ。そなたには強い霊力がある。それゆえ悪霊に狙われたのじゃ」
あなたには、自分が霊感少女だった記憶はない。
けれども自分の力で、あの悲しい泣き声を止めることができるのなら、嬉しいと思った。
考えてみれば昨夜だって、あなたは願って水を呼び出したのだ。
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