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学校が終わり、いつもの道を歩いて帰る。
「……まさか隣の席だったなんて」
あなたの呟きに、隣を歩く雪比古も頷く。
「吾も全然気づいておらなんだ」
悪霊を退治して、一週間が過ぎた。
驚いたことに雪比古は、同じ組で隣の席のクラスメイトだった。
不登校だった彼とは、今の席になってから数えるほどしか顔を合わせたことがないとはいえ、夜の森で会ったとき、よくお互い気づかなかったものだ。
転校してきた鬼とクラスの違う河童には、天然コンビだから、と笑われた。
今日は初の実習兼仕事で、例のアパートの跡地を浄化する。
あなたと妖怪少年たちは退魔師の修行を始めたのだ。
友達の放課後の誘いは、バイトだと言って断った。
実際報酬ももらえるのだけれど、退魔師関係のことは秘密にしなくてはいけないのが少し寂しい。
「ふたりが合流するまで、わたしの家でお茶でも飲む? アパートの近くだし」
「そうじゃな。この前は吾らだけで解決してしまったし、今度は一の字たちも活躍させてやろうぞ」
バスケ部に所属する河童は部活のミーティング、鬼は学校をしめるためケンカ中だ。どちらもそれほど時間はかからないだろう。
──少し背筋が冷たくなる。
アパートの跡地の前を横切ったのだ。
悪霊が消え去っても、巣食っていた間にこびりついた穢れは残っている。
邪悪や災いを呼び込みやすい土地になってしまっていた。
良くない気を感じ、あなたは鞄の持ち手からぶら提げた、あの鈴を見る。
「浄化は火気だったっけ? 水気は陰の気で、邪悪を集めやすいのよね」
「うむ。とはいえ暴走する火気は危険じゃからな。一の字の水気で、丸を制御するのが一番であろう」
あなたはふんふんと頷いた。家に帰ったらノートにメモしておかなくては。
まだ五行については知らないことが多い。
不意に雪比古が吹き出した。
「どうしたの?」
「いや、吾だけがそなたの家で茶を飲んだら、丸たちが拗ねるだろうと思うてな」
「そうなの? じゃあふたりにも一旦家に来てもらって、お茶出そうか」
「ダ、メ、じゃ」
雪比古はあなたの手を取り、抱き寄せた。
端整な顔がすぐ近くにある。
髪は黒く染められているものの、瞳の色はそのままだ。
黒と見紛うほど濃く深い、でもけして黒ではない、人ならぬ赤い瞳があなたを映す。
「吾はそなたの特別。だからあの日、吾の名前を呼んでくれたのじゃろう?」
あなたの心臓が、とくん、と跳ね上がった。
(……もしかしたら、悪霊よりタチの悪いのに捕まっちゃったのかも)
そう思いながらも、あなたは微笑んでいた。
退魔師の修行を始めたあなたは、これから不思議な出来事と関わっていく。
だけどあの夜、霧の森で気がついたときとは違う。
あなたの隣には、いつも彼がいる。
<雪比古 修行中END>