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狭霧町奇談  作者: @眠り豆
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「もうちょっと考えてからのほうがいいよ」


あなたの言葉に、雪比古は驚くほど素直に頷いた。

期待に満ちた目で、あなたを見つめる。


「……わたしが考えるの?」

「考えたいものが考えるべきであろ?」


それはそうかもしれないが、


「わたし、霊に関することなんにも知らないんだよ? ホラー映画で観た知識くらいで、それも海外のだし」

「あの悪霊に十字架は効かぬわなあ」


雪比古が楽しげに笑う。

あなたをバカにしているわけではないけれど、ちょっと腹が立つ。


「わかった、行こう。でも気をつけてね」

「うむ」


雪比古を睨みつけてから、あなたは二階の西端に立った。

壁を見つめる。ここには扉があるはずだ。

悪霊の結界の中、実体のない幻は姿を真似た現実と影響し合っている。

毎朝毎夕前を通った古いアパートは、一階にも二階にも三室ずつあった。

あなたの記憶が古びた鉄の扉を浮かび上がらせる。

完全な形ではなく、半分透き通って壁に埋もれていた。

実体のない手を伸ばし、さらに希薄な存在のドアノブを握る。

開いたとたん、ぐにゃりと世界が歪んだ。

アパートが消えて、あなたと雪比古は暗闇に放り出された。

翼を広げた彼が体を支えてくれる。

視線を感じて見回すと、憎悪で顔を歪めた男と目が合った。

腕組みをした男は、片腕の手首から先がない。昨夜、雪比古が切ってしまったのだ。


おおおぉぉぉぉぉっ!!


男が吠えた。

吠えたとしか言いようがない。

憤怒に満ちた叫びは青い蛇の姿になって、あなたに襲いかかった。


斬!


茶色いブレザーの背中から飛び出た白い翼が唸って、青い蛇を切り裂く。

小さな破片は再生し、小さな蛇と化して白い翼に絡みついた。鱗の青が濃くなっていく。濃く、どこまでも深く──黒く。


「水……か」


雪比古が唸った。

黒い小さな水の蛇が、彼の白い翼を染めていく。良い状態ではなさそうだ。


「雪比古くん、水に弱かったの?」

「吾は白、そして天の犬を意味する天狗。白も犬も金気に属する。金属は水で錆びるであろ? 五行では金生水。害し合う関係とはいえぬが、金は水を生み出してしまうのじゃ。まあどのようなものであれ、悪意によって生み出されたものは、ほかを害するものじゃしな」


黒い蛇は、ある程度大きくなると分裂して数を増やした。どんどん数が多くなる。

暗闇の中にいるのか、黒い蛇の詰まった空間にいるのかわからなくなりそうだ。

蛇に覆われて、雪比古の姿が見えなくなる。


(水……水はなにに弱いの?)


あなたは頭をフル回転させた。

日常で水に困ったときは──スポンジか雑巾で吸い取ることしか思い浮かばない。

そういえば、米をといだ後の水を植木鉢に注いだりする。

昨夜霧を呼び出したように、あなたは植木鉢の土をイメージした。

ぽん、と土の塊が出現する。黄土色で丸い。

鎖こそないけれど、あなたはファンタジーに出てくる鉄球の武器のように、念じて土玉を動かした。黒い蛇を吸い込んでいく。


「ほう……」


黒い蛇が減って、顔の出てきた雪比古が感嘆する。


「知っておったのか? 土剋水。水は土に弱いのじゃ」


宙に浮かぶ土玉が、ぷるぷると痙攣した。

表面のあちこちに割れ目ができて、中からなにかが伸びてくる。

顔を現したのは、意外な存在だった。


「……木?」

「ううむ、悪霊は木気で木気は土気を害するものじゃが、邪悪な気配は感じぬのう?」


土玉から現れた小さな木は、黄金色に輝いていた。

するすると伸びて、幹と同じ色の実をつける。丸い実が、鈴のように揺れていた。

なにかを思いついたように、雪比古が頷く。


「雪比古くん?」

「子どもらの霊じゃ。おそらく悪霊は、吾らに対抗するため子どもらを封じるのに使っていた自分の霊力を呼び戻したのであろう。運ぶ仕組みを直すまで子どもらの霊力は奪えぬからの。善悪に限らず、霊は動くもの、木気。そして、木生水。木気は水気から生じる。解放された子どもらの霊が、そなたの呼び出した土玉で動けない悪霊から霊力を奪い返したのじゃ」


黄金の木は、丸い実を揺らしながら絡み合い、同じ方向へ伸びていく。

上下もわからない暗闇の中だったが、空へ向かっていることはわかった。

土玉は吸い込んだ悪霊とともに小さくなっていき、やがて、消えた。

頭上から楽しそうな笑い声が降ってくる。


……オネエチャン アリガトウ……

……テングサンモ アリガトウ……


(わたし、少しは役に立てたのかな?)


いや、そんなことはどうでも良かった。

泣いていた子どもたちが笑っている。それだけでいい。

──しばらくして、あなたと雪比古は、壊れかけたアパートの一室にいる自分たちに気づいた。


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