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──アパート跡地の浄化は無事成功し、あなたたちは見習い退魔師としてのスタートを切った。
「のう、見てくれ」
雪比古が差し出したスケッチブックを見て、あなたは目を見張った。
そこには、大きな体で飛び跳ねる黒犬が描かれていた。
躍動感がある。今にも紙面から飛び出してきそうだ。
揺れる毛並みは青黒い炎となって燃えている。
「ヘルハウンド?」
「当たりじゃ」
「そういえばヘルハウンドはまだいなかったものね。でもこんなに絵が上手いなんて知らなかった。あ、でも鈴の絵も雪比古くんが描いたんだったね」
力の抜けた鳥獣戯画風のタッチは、本当の実力がないと描けないものだ。
と、漫画研究部に属する友達が言っていた。
「雪比古くん、漫画研究部に入ればいいのに」
あなたは強く勧めたが、雪比古は情けない表情で首を横に振った。
「部誌の締め切りが嫌なのじゃ~」
あなたの学校の漫画研究部は勤勉で、毎月部誌を発行している。
文化祭のときには通常の部誌に加えて、別冊まで出す。
友達はよく、文化部の皮をかぶった運動部なのだと冗談交じりに言っている。
怠惰な雪比古には向いていないかもしれない。
「用意できたぞ、片づけろ」
一平が言って、あなたの手からスケッチブックを奪った。
「全部支度してもらっちゃって、ゴメンね」
「家から持ってきたのを出しただけだ」
ここは学校の裏庭、転校してきた鬼の少年が2、3年の不良と戦って勝ち取った縄張りだった。みんなで結界を張ったので邪悪なものは近寄らないし、邪魔も入らない。
友達が部活関係でいないとき(月末はいつも締め切りで、漫画研究部の部室に篭る)、あなたはここで昼休みを過ごすのが普通になっていた。
今日は鬼の少年がいない。
1年に現れたダークホースとケンカしに行っている。困ったものだ。
「わあ」
部活のミーティングでいないこともあるが、一平がいるときのお昼は豪華だ。
今日はチーズフォンデュだった。
チーズを煮ているのは、鍋の周りで踊る赤い蛇。一平が霊力で生み出したものだ。
「見事じゃのう」
「五行は流転してるからな。俺の水気で木気を作り出して、そこから火気に発展させた」
あなたたちは焼きたてにしか思えないパンを渡された。
一平の手作りだ。プロ並みの料理の腕を持つ彼は、酵母からパンを作る。
今日は桜の花から作られた酵母らしい。パンから香りがした。
鍋の横に置かれた皿に飾られている、茹でた野菜も美味しそうだ。
「雪。火が危ないからスケッチブック返しとくな。なんかのコンテストに応募するヤツの下書きなんだろ?」
「うむ。魔獣園の新モンスターを募集しておるのじゃ」
「これ出すのか?」
「ん……一の字!」
一平が開けているのは、さっきあなたが見せられたのとはべつのページだった。
肌も露わなネコミミの女の子が、セクシーなポーズを取っている。
「雪比古くん?」
「いや、まあ、こういうのも受けるかと思ったのじゃ」
「雪はネコミミ? が好きなんだよな」
細い目をさらに細めて、くすくすと笑う一平を雪比古が睨みつけた。
一触即発の雰囲気に、あなたは慌てて割って入る。
「ふたりともケンカしないで。驚いたけど、男の子だから仕方ない、んでしょ?」
なぜか雪比古が溜息を漏らす。
「そなたは天然じゃのう……」
「雪比古くんにだけは言われたくないなあ」
「どっちも天然だろ。さあ、早くしないと昼休みが終わるぞ」
あなたはパンを千切って、鍋のチーズにつけた。
口に運ぶ。
まろやかなチーズに混じって、ピリリと唐辛子の味がした。
唐辛子はチーズではなく、パンに入っている。
何種類かあるパンの生地には、いろいろなハーブやスパイスが練り込まれていた。
「美味しい……」
一平が満足そうに微笑んだのを見て、雪比古が唇を尖らせた。
ケンカはしないでほしいけれど、なにかと張り合うのは男の子の本能なのかもしれない。
「……お前ら」
情けない声がして、あなたは茹で野菜を見つめていた目を上げた。
ボロボロになった鬼の少年だった。ダークホースは手強かったらしい。
「なんで俺が来る前に食べ始めちまうんだよ!」
「お前待ってて午後の授業に遅れたら困る」
「遅れると目立つから、昼寝できぬからのう」
──そんなこんなで、あなたと妖怪少年たちの楽しい日常は続いていくのだった。
<エピローグ 天狗VS河童>