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「……今日も来てるよ?」
窓際の席の友達が立ち上がり、深刻そうな顔をしてあなたを見つめる。
「大丈夫? 脅されてない? あたし、あの学校に中学のときの先輩いるから、注意してもらおうか?」
「そんなんじゃないよ。バイトの同僚」
「今日、バイトじゃないじゃん」
「まだ慣れてないから、いろいろ教えてもらう約束してるだけ。……じゃあ、また明日ね」
「うん。なにか悩みがあったら相談してよ?」
「ないない。それより日曜日の約束、忘れないでね」
今度の日曜日、あなたは友達と遊びに行く約束をしていた。
ゲームセンターに行くのだ。
(美鳥ちゃん、ゲームのほうにもはまってくれたらいいな)
あなたの好きなゲームが深夜アニメになったので、漫画研究部に所属するアニメや漫画好きの友達が興味を持ち出している。
日曜日は一緒に楽しみたいと思いながら、あなたは彼女と別れて校門へ向かった。
立っているのは、あなたの通う学校の制服とは違う、学生服を着た少年だ。
近くにある男子校の制服なのだが、その学校は柄が悪く学力も低いことで知られていた。
下校中の生徒たちに物珍しそうに眺められて、彼は眉間に皺を寄せた。
鋭い眼光を辺りに放つ。
「あぁ? ジロジロ見てんじゃねぇぞ」
あなたは鞄を振り上げて、彼の広い背中に叩き込んだ。
「おまっ、なにしやがる」
「うちの学校でケンカ売るのやめてよ。最近わたし、姐御って呼ばれてるんだから」
「バイトのない日に五行を教えてやってる、優しい先輩に暴力振るうからだ」
「はいはい。じゃあ行きましょ、先輩」
「おう」
若丸は目尻を下げた。
あなたに先輩と呼ばれるのが嬉しいらしい。
あの悪霊退治の後、彼は退魔師協会からC級退魔師に任命された。
一緒に仕事や実習をすることはないけれど、見習い退魔師になったあなたの自主勉強によく付き合ってくれている。
「せっかく俺が教えてやってんだから、早くC級になれよ? 俺がコンビ組んでやるからさ」
「はいはい」
「流すなよ」
「そういえば……若丸くんって、なんてコードネームなの? プロ退魔師には、みんなコードネームがあるんでしょ?」
それまで嬉しげにしゃべっていた若丸が、口を閉じた。
あなたから目を逸らし、早足になる。
「若丸くん?」
「今度B級になったら教えてやる」
「B級になれるの?」
「どういう意味だよ」
「この前の悪霊のとき、本当は若丸くん、結界に入ってプロの退魔師を呼び入れる役目だったんでしょ? 退治できたからいいようなものの、危ないよ? 最近もスタンドプレーが多いって聞いたけど」
C級退魔師は、コンビ行動が義務づけられている。
若丸は実姉である先輩退魔師とコンビを組んで行動していた。
S級退魔師の彼女はあなたの師匠でもある。
悪霊の巣食っていたアパートが壊された後の跡地の浄化くらいしか参加していない見習いのあなただが、若丸の情報は師匠経由で聞いていた。
「早くB級になりてぇんだよ。……ってか、心配してくれてんの?」
「はいはい。心配心配」
「流すなって!」
C級退魔師になったあなたが、若丸に背中を預けて戦う日は近い。
あなたたちはきっと、狭霧町の伝説になるだろう。
<若丸 日常END>