13
あなたは子どもたちには声をかけないことにした。
ウソ泣きなのは見え見えだし、時間や場所も普通ではない。さっき会った少年のような妖怪ということも考えられる。
本当に泣いている子どもの悲痛な声を思い出し、あなたは首を傾げた。
友達の弟のことを思い出したとき、自分には弟妹がいなかったことも思い出している。
耳にこびりついた子どもの泣き声はどこで聞いたというのだろう。
ウソ泣きを聞いていると、逆に真に迫った悲痛な泣き声が蘇って止まらない。
耳を塞ごうとした瞬間、だれかが走ってくる足音が飛び込んできた。
「こらっ!」
叫び声を上げて現れたのは、サンドイッチをくれた河童少年だった。
あなたにジャージを貸してくれたときの黒いタンクトップ姿ではない。
子どもたちと同じデザインの緑色のパーカーを着ている。
「家にいないと思ったら、こんなところでなにしてる!」
「にーちゃんを迎えに来たんだよー」
「かぱかぱー」
「なにが迎えだ。イタズラする気満々じゃないか」
どうやら彼らは兄弟のようだ。
河童少年が拳を振り上げた。
「きゃ」
子どもたちが殴られるところを想像して、思わず声を上げたあなたの存在に、河童の三兄弟が気づいた。
「あんた、さっきの……」
「だあれ?」
「れー?」
「にーちゃんのカノジョ?」
「違う。いいからお前らは、とっとと家へ帰れ。……バスケの練習ばっかりしてて悪かった。今度の試合が終わったら、町に連れてってやるよ」
「わかった。にーちゃんは?」
「わ?」
河童少年があなたを見る。
「この人を送ってくる」
「い、いいよ。わたし、ひとりで大丈夫」
河童少年は溜息をついた。
「あのな。コイツらはまだいい、イタズラなだけで悪意はないんだ。でもこの山には地縛霊やロクロクビもいる。地縛霊は退魔師が通ってもなかなか浄化しない悪霊だし、ロクロクビは悪意こそないものの周囲を気にせず飛び回る問題児だ。あんたがひとりでどうにかできるとは思えないんだがな」
あなたは言葉を返せなかった。
地縛霊やロクロクビを想像するだけで、背筋が寒くなる。
「おねーちゃん。にーちゃん強いから安心して頼ってよ」
「ってよー」
「う、うん……」
「お前らはとっとと帰れ。とーちゃんが畑でタソガレてたら、声かけて家に連れて帰っとけよ」
「はあい」
「おー!」
子どもたちが姿を消すと、河童少年はぺこりと頭を下げた。
「すまない、道に迷ってたんだろ? さっき無理矢理にでもあんたについていけば良かったな。この山が危険だって知ってたのに」
「ううん、そんなことない。えっと……よろしくお願いします」
同行を断ったのは、あなた自身だ。あなたは彼に自分の名前を告げた。
「そっか。サンドイッチは役に立ったみたいだな」
「え?」
「あ、いや、空腹だと記憶も混乱するってことだ。ウサギを探してるんだったよな。ここらは人里に近いから、もっと山の中に行ってみようぜ」
あなたは河童少年の緑色のパーカーを追って、もう一度森の中へと足を踏み出した。
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