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退魔師の修行を始めたあなたは、すぐにほかの二匹も作り出し、ゲームのデッキと同じ構成の式神を従えることとなった。
「やったー!」
仁季が隣でジャンプする。
「今度来たときは、次のエリアに進めるね」
「……うーん……」
少し拗ねたような顔をしたのは、まだゲームがしたいからに違いない。
気持ちはわかるものの、後ろに待っているものがいる。
あなたと彼だけでゲーム機を占有するわけにはいかなかった。
今日は、退魔師の実習兼仕事も学校もない日曜日。
狭霧町の大きなゲームセンターの『魔術師の魔獣園』が二台になったので、仁季たちを誘って遊びに来たのだ。
渋々、といった様子で仁季が筐体の前から移動すると、さっきから待っていた少年が代わりにゲーム機へ向かった。ビビッドでファンキーな衣装を着た黒髪の少年は天狗である。髪を染めているのだ。
「うむ。やっと吾の番が回ってきたぞえ。ダークドッグ殿、対戦せぬか?」
「わたしはさっき、仁季くんと協力プレイしたからいいよ」
オンライン対戦のカードゲームだった魔獣園だが、最近ストーリーモードが実装された。
デッキが弱くても、ある程度の時間を楽しめるモードだ。
アニメ化で増えたライトユーザーを逃さないためだろう。
このモードは複数で協力プレイもできるので、あなたは学校の友達とも一緒にプレイするようになった。
「おえ、すゆ!」
あなたのいた台に、待っていた三太が駆け寄った。
手にはあなたたちがあげたカードを握り締めている。
人の多い快晴の日曜日、駅前の大きなゲームセンターだというのに、あなたたち以外魔獣園をしようという人間のいないことが、少々不安なあなただった。
今度来たとき、筐体が一台になっていなければ良いのだが。
「三太とか。……瞬殺してしまうが、良いかの?」
「ストーリーモードで遊びなさい」
あなたに言われてうな垂れた天狗を見て、仁季がくふふ、と笑い声を上げた。
「じゃあおねーちゃん、俺たちジュース買いに行こうぜ」
「そうだね」
あなたはしゃがんで、彼の耳元で尋ねた。
「……お皿は大丈夫?」
「大丈夫だよー」
彼の皿や天狗の翼は霊力でできていて実体がない。
必要なときだけ霊力を結晶させて纏うのだと聞いていたけれど、幼いころに読んだ絵本などの知識から、皿が乾いたら大変なんじゃないかと、あなたは心配だった。
このゲームセンターの自販機は、薄暗い裏口付近にある。
あまり良い雰囲気ではなかった。
煙草の匂いがする。
「ん?」
自販機の陰から、薄汚れた男が姿を現した。
(人間じゃない)
人が集まる場所には霊も集まる。
男の霊が仁季を見て、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
河童の属性は水、水は陰。あなたが最近習っている五行によると『水生木』で、木気の悪霊にもっとも好まれる存在だ。
あなたは仁季の前に立った。
手首に通した腕輪に目をやる。
傷のない透明な水晶を金鎖でつないだ腕輪だ。退魔師協会に渡されたもので、霊力の制御とGPSの機能がある。あなたの場合、三体の式神たちを封じてもいた。
依頼があったわけではないし、大して強い霊でもない。
放っておいても良いのだが、仁季や三太のことを思うと心配だった。
さほど手間がかかる除霊でもない。
(アヌビスに頼もうかな)
彼なら素早く確実に、男の霊を冥府へ送ってくれる。
しかし、あなたが水晶に触れたとたん──
「わんっ!」
「うぉうっ!」
「あなたたち、待ちなさい!」
幼犬ケルベロスが嬉々として男に飛びかかる。
みっつの口が悪霊を喰らう前に、オルトロスの放った炎と雷の魔法が男を消し去り、人形のように小さなアヌビスが、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「えっと……みんな、ありがとう。じゃあ戻ってね」
三体が腕輪に戻るのを見届けて、あなたは溜息をついた。
今回は良かったものの、前も同じパターンで、その場所に張られていた結界まで破壊してしまったことがある。あなたが見習いを卒業するのは、三体を制御できるようになったときだ。
「おねーちゃん」
「なぁに?」
あなたの腕につかまって、仁季が見上げてくる。
「みんなを怒らないでね。みんなおねーちゃんが好きだから、心配で飛び出してきちゃうんだよ」
「うん、わかってる。っていうか、わたしがしっかり主人の威厳を持たなくちゃなんだよね」
「おねーちゃんならできるよ。俺が保証してあげる」
「ありがと、嬉しいな。仁季くん、ジュースなににする?」
「サイダー!」
あなたたちがジュースを持って魔獣園のところへ戻ると、魂が抜けたような顔をした天狗がいた。
(もしかして、あの子たちが放った力の影響?)
幸い、隣の三太は元気そうだ。
笑顔であなたたちに駆け寄ってくる。
「三太はみかんジュースにしたぞ」
「きゃー♪」
「どうしたの? 大丈夫?」
あなたの問いに、天狗は沈痛な面持ちで答えた。
「三太に負けてしもうた……」
「子ども相手に対戦したの?」
「だって、したかったのじゃ……」
「雪ちゃんは困ったヤツだなー」
「だなー」
「おねーちゃん、三太とストーリーしてあげて」
「おえ、したい!」
「いいよー」
恨めしそうな顔をした天狗が、ゲーム機の前から移動する。
ダークドッグの日常は、見習い退魔師としても、ゲームプレイヤーとしても、充実していた。──まあ、明日は勝手に除霊をしたことと、式神たちを制御できなかったことで、師匠からお叱りを受けるのは間違いないのだが。
<エピローグ ダークドッグ>