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幻の中での時間の進みが現実と同じとは限らないけれど、体感時間で5分ほどが過ぎた。
──なにも起こらない。
窓から差し込んだ陽光が、土壁や畳からこぼれる埃を照らしている。
今ごろ学校では友達が、登校しなかったあなたに宛てて、昨夜観たアニメの感想メールを書いているに違いない。
ちょっぴりオタクな友達は、中学のころは霊感少女だったと言っていた。
そうでなくても中二病の気がある彼女に、昨夜からのことを話したら、どんな顔をするだろうか。
(面白がってくれるかな?)
眼鏡の向こうで丸くなる瞳が、早く見たい。
「うーん……」
あなたは大きく伸びをした。
悪霊のアジトにしては平和な雰囲気の部屋だ。
もちろんそう感じさせて油断させる作戦という可能性もある。
……キャー……
子どもの叫び声が聞こえて、あなたは飛び上がった。
(でも……)
悪霊の手を拾ったときに聞いた、悲痛な叫びとは違う。
はしゃいだ子どもが上げる、意味不明ながらも楽しげな声だ。
……キャー……
また声が聞こえた。
(……隣?)
東側の壁から聞こえてくる。
そう思ってあなたが顔を向けた瞬間、東の土壁から腕が生えた。
「ひいっ!」
小さな子どもたちの細い腕が、何本も。木の枝のようにゆらゆらと揺れている。
あなたは心底怖かった。気持ち悪かった。
また悪霊の罠かもしれない。
それなのにあなたは、腕の生えた東の壁へと近づいた。
子どもたちの指に触れない、ギリギリの位置で足を止める。
幼い声が嬉しそうに語りかけてきた。
……オネーチャン オネーチャン……
……タスケニ キテクレテ……
……アリガトウ……
「どうしたら……」
これが罠なら絶対に悪霊を許さない、思いながらあなたは尋ねた。
「どうしたら、あなたたちを助けられる?」
……キ ヲ……
……キ ヲ チョウダイ……
「木? 木って木気のこと? でも木気は悪霊の……」
……イヤアァァァッ!……
いきなり悲痛な叫びが響いて、一瞬で腕が消えた。
あなたと接触していたことを悪霊に気づかれて、元いた場所に連れ戻されたのだろう。
霊感少女だった記憶などないと退魔師たちに告げたとき、教えられた。
人より霊力の強いあなたは、これまで無意識に邪悪を浄化していたので、回避する必要がなかった。だから幽霊やオバケを見なかったのだと。
今回の悪霊は、毎朝毎夕通学路で接することであなたの防衛本能を麻痺させ、さらに子どもの泣き声で引き寄せて、あなた自身に自分を拾わせることで支配した。
逆に言えば、そんな搦め手を使わなければ、悪霊であってもあなたに危害を加えることはできない。
子どもたちはあなたの無意識の浄化によって、一時的に悪霊の支配から解放されていたのだ。
あなたは思いを籠めて鈴を振った。
音は、出ない。現実でだけ聞こえているわけでもなさそうだ。
強い力、悪霊の邪念があなたの思いを打ち消した。ここは彼の世界だ。
(わたしが結界に入り込んで退魔師たちを呼び込もうとすることも、きっと想定内なんだわ)
犯罪事件の報道でもよく聞くではないか。
悪は常に、正義の一歩先を行く、と。
(でも……)
常に次の手を考えていたとしても、これまでの悪霊の作戦が失敗しているのは事実だ。
それに、とあなたは思う。
(さっきの子どもたちは悪霊の想定外よ。あの子たちが教えてくれたのは、きっと大切なこと)
この鈴を鳴らせるときは、きっと来る。
あなたは扉へと向かった。
*あなたは悪霊の犠牲にされた子どもたちの願いを受け取りました。
欲しいものは木。願いの数は『+3』です。
☆のついた番号の章へ行ったとき、その番号に3を足した番号の章へ進むと、なにかあるかもしれません。もちろん普通に選択肢を選んで進んでもかまいません。
それでは──
外に出る→1へ進む