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あなたは部屋の外に飛び出した。
ドシーン、ドシー……ンッ!!
大きな音が響き渡り、部屋の扉が内側から膨らんでいく。
あなたは手にした鈴の存在を思い出した。
(お願いっ!)
思いを籠めて鈴を鳴らす。
リー……ン……
けれどなにも変わらなかった。
膨らんだ鉄の扉が破れ、黒い蛇が這い出てくる。
「……っ!」
あなたは頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
どこかへ逃げたくても足が動かない。
ふっと、頭上に影が差した。
「ごめんよ、待たせたね!」
「お待たせしました!」
無精髭の男と、日本刀を持った学生服の少年、退魔師たちだった。
「あ……」
「君のおかげで結界のほころびが見つけられたよ」
「入り口を開けたままだと悪霊が逃げ出すかもしれませんから、早く外に出てください。あなたが避難したら入り口を塞ぎます」
ふたりが指差すのは、アパートの建物と塀の間の狭い庭に浮かんだ奇妙な穴だった。
人がひとり入れるくらいの大きさで、穴の中には周囲の景色と同じ風景が続いているけれど、なにかが違う。
悪霊が作り出した幻の世界と、現実をつないでいるのだろう。
無我夢中で逃げ出しかけたとき、あなたの耳に悲痛な嗚咽が蘇った。
振り返って退魔師たちを見る。
ふたりは扉を捻じ曲げて現れた、黒い蛇と戦っていた。
瞳から涙があふれる。ふたりを邪魔したくはないのに、唇が勝手に言葉を紡ぐ。
「あの、泣いてた子ども、子どもたちを……」
「必ず助けます」
「だから君は早くっ!」
頷いて、穴に飛び込む。
今は彼らを信じるしかない。それはあなたもわかっている。
──そのアパートは、数日中に取り壊された。
あなたが学校に行っていなかった時間は、熱を出して寝ていたことになっていた。
母も教師もそう言うので、自分のほうが熱で夢を見ていたのかと思うくらいだ。
今日もあなたは、アパートの跡地の前を通る。
どうなったのかはわからない。
けれどあの退魔師たちは成功したのだと、あなたは信じている。
更地になったアパート跡地の前を通るとき、子どもの泣き声が聞こえることはない。
自分の手の平を見ても、悪霊の爪痕は残っていない。
あの出来事の残滓は、河童と鬼と天狗が描かれた土の鈴だけだ。
いつも鞄の持ち手からぶら提げている鈴は、揺らすと澄んだ音で鳴る。
妖怪少年や退魔師たち、助けてくれた不思議な存在とは、またいつかどこかで出会えるような気が、あなたはしている──
<NORMAL END>