表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭霧町奇談  作者: @眠り豆
130/156

129

「……一平くんっ!」


無我夢中で部屋の外に出たあなたは、体を丸めて昨夜出会った河童少年の名前を口にした。

どうしてかはわからない。自分でも無意識だった。


「大丈夫か?」


聞き覚えのある声に顔を上げる。

短く刈った黒髪、細い眉と目、高身長ではないものの逆三角形に鍛えた体。

茶色いブレザーを纏った少年があなたの前に立ち、蛇を制していた。

昨夜のジャージもだったけれど、このブレザーにも見覚えがある。

というより、今あなたが着ている学校制服と同じものではないだろうか。

しかし、そんなことを追究している場合ではない。


「う、うん。でもなんでここに?」

「……あんた、俺の名前を呼んだだろ? 名前には力がある。特に俺たちみたいな妖怪には、霊力を持つ人間の呼び声は呪文と同じだ。どこにいても、こうして呼び出されてしまうんだ」

「ご、ごめんなさい。わたし、怖くて思わず……」

「謝ることはない。自分の修行不足が原因とはいえ、この件に最後まで関われないのは悔しかったんだ。呼んでくれて、ありがとう」

「そんな……わたしも、呼ばれてくれてありがとう」


どごっ!


激しい破壊音を響かせて鉄の扉を壊した蛇が、外廊下へ首を伸ばしてくる。

黒い鱗が波打っていた。この蛇は水でできている。


「昨日は『相生』で悪霊の手を浄化したよな。あのとき少しだけ『相剋』についても説明したと思うんだが、覚えてるか?」


あなたは記憶を掘り返した。


「えっと……生じ合う『相生』とは逆に、害し合う関係だよね。木は土を抉り、土は水を堰き止め、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属の斧は木を切り倒す?」

「そうだ。まあ現実ではそうとも限らないし、霊力でも力の差が大きければ属性を無視できるんだが、基本はそうだ。……コイツは水だ。なにに弱いと思う?」


あなたは鈴を構え、答えた。


「土」


一平が頷く。

あなたは黒い蛇を睨みつけ、鈴を揺らした。


「土剋水」


澄んだ鈴の音と同時に、少年の声が響き渡る。

黒い蛇の体表が、ところどころ白くなった。

いや、白ではない。蛇の体内に黄色い土が生じているのだ。

苦痛を感じているのか、蛇がのたうつ。

黒い蛇体が暴れると、アパート全体が揺れた。頭上から、ガラスの割れるような音が聞こえてくる。

──やがて、蛇は泥の塊となって崩れ落ちた。

一平があなたを見る。


「どうする?」

「え?」

「今の鈴の音は俺の霊力が邪魔して外には聞こえてないと思う。俺が霊力を抑えるから、もう一度鈴を鳴らして外に連絡するか? それとも、このままふたりで悪霊を退治するか?」

「……どちらのほうが確実かな?」


あなたは悪霊の手を拾ったときの悲痛な泣き声を思い出していた。


「このまま俺たちで退治するほうだ。外のふたりは実力者だが、実体を持つ人間だ。あんたのように悪霊とのつながりもない。ふたりが入ってくるために結界を開いた隙に、悪霊が逃げ出す可能性がある」


あなたは一平を見つめた。


「……一平くんは、いいの?」

「ああ。さっき言ったろ? 最後まで関われないのは悔しいって」

「じゃあ、お願い。一緒に悪霊を退治に行って」


一平は頷いて、室内の井戸に目を向けた。

壊れた鉄の扉を踏み越えて、中へ入って行くのを追いかける。


「ちょっと待ってくれ。決戦の前にここを浄化しておく」

「この井戸って、なんなの?」

「悪霊の金庫だ」

「金庫?」

「穢れた水で子どもたちの霊を封じ込めてる。さっきの蛇は金庫の番人だ」


この部屋で放たれた霊力を悪霊に運ぶカラクリがあり、中で蛇と戦っていたら危なかったらしい。

番人を倒したことでそのカラクリは壊れた。頭上から聞こえてきた、ガラスの割れる音がそうだったようだ。


「そうなんだ。ねえ一平くん。井戸を浄化したら、子どもたちは助かるの?」


あなたの問いに、一平は首を横に振る。


「まだ無理だ。井戸を浄化しても、ここが悪霊の結界内だということに、変わりはないからな」


彼が井戸を浄化するのを待って、あなたたちは部屋を出た。

軋む階段を上がって、二階へ向かう。


→110へ進む

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ