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「……面白いのう」
壊れた人形を手にして、天狗の少年は楽しげに呟いた。
ここは狭霧町中心部の駅裏にある廃病院だ。かつては町で一番大きな総合病院だった。
五階建ての建物が三棟、駐車場も大きい。閉業した後は霊の巣窟となっていた。
あなたと師匠の赤鬼姫は、退魔師協会経由で土地の所有者の依頼を受けて、除霊に来た。
本来は数十名のC級退魔師が募集されていたのを、あなたの修行にちょうどいいと、師匠が自分たちだけで請け負ったのだ。
天狗少年が手にしている男雛に似た人形は、物陰に隠れて、ずっとあなたたちを追いかけていた。だれかに操られていたのか、それ自体が意思を持っているのかは、まだわからない。
「霊を引き寄せるだけの場所ってわけじゃなかったか。雪連れてきて良かったわ」
天狗の少年は、師匠の弟の幼なじみだ。
あなたが夜の森で会った、無精髭の退魔師の弟子として修行をしている。
ゲームオタクだが、頭はかなり良いというのが師匠の談だ。
「寅殿、これは蠱毒じゃ」
「集まってきた霊を利用した蠱毒ってわけだね。ああ、ごめん」
天狗少年と話していた師匠が、あなたを振り返った。
「蠱毒って言ってもわからないよな。ええっとね、蠱毒ってのは……」
「知ってますよ。同種の存在を競い合わせて、生き残った一番強いものを使う呪いですよね」
「おおー、さすがあたしの弟子。賢い賢い」
「魔術師の魔獣園で出てきたんです」
天狗少年の瞳が輝いた。
「そなた、魔獣園を知っておるのか! ゲーム派か? アニメ派か?」
「ゲームが基本だけど、アニメも観てるよ」
「今度実装されたストーリーモードはプレイしたかえ?」
「うん。駅前の大きなゲームセンターの筐体が二台になったから、友達と遊びに行ったよ」
「……ちょっと!」
場も弁えずにとあるオンライン対戦のカードゲームの話題に夢中になっていたあなたたちは、眉を吊り上げた師匠に睨みつけられていた。
「あ、こんなときにごめんなさい」
「見逃してくれ、寅殿。吾はゲー友がほしいのじゃ」
「ダメ。この子はあたしの弟子なんだから。もー! 雪なんか呼ぶんじゃなかった」
あなたは吹き出しそうになるのを堪えた。
妹がほしかったという師匠は、いつもあなたを猫可愛がりする。
「お師匠、ここの事件が解決したら、一緒にゲームセンターへ行きましょうよ。わたしの強いカード貸してあげますし、ふたり同時プレイもできますから」
「うん! その後で、クレープも食べに行こうか」
嬉しげに瞳を輝かせる彼女は年上だけれど、あなたは妹ができたような気持ちでいた。
「吾も行きたい」
「雪はダメ。……で、蠱毒の仕組みはどこで壊せんの?」
「教えたら、吾もゲームセンターに連れてってくれるかえ?」
震える仔犬のような顔で師匠を見上げる少年に、あなたはもう吹き出すのを堪えられなかった。弟もできたのかもしれない。
あなたたち三人は、廃病院のラスボスへ向かって歩き出した。
退魔師協会さえ気づいていなかった隠れた敵を打ち倒したことで、あなたたち三人は狭霧町の伝説となるのだけれど、それはまた、先の話となる。
<二代目赤鬼姫 プロローグ 雪比古>