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錆びた階段を上がって、二階の外廊下に立つ。
外気にさらされた手すりとは逆の壁には、ふたつの扉が並んでいた。
あなたは首を傾げた。
「このアパートって、一階にも二階にも三室ずつあったと思うんだけど」
「ああ。俺たちはもう、悪霊の結界の中に入ってんだよ」
「それって……?」
「たぶんお前が、俺と一緒に来ると決めたときにだな。俺たちは現実と重なっているけど現実とは違う、幻の世界に入り込んじまったんだ。っつっても、形があるものは大体同じ形の現実の存在に近い」
しゃべりながら若丸は、真ん中にあった部屋の扉を開けた。
「扉は開けられる」
よくわからない。そういうものなのだと、割り切って行動するしかなさそうだ。
そういえば、昨日のあなたも実体ではなかった。
若丸に引き合わされた退魔師に言われたのだ。実体は家のベッドで寝ていて、霊力で作られた幽体だけが狭霧山に運ばれたのだと。
だから朝目覚めたとき、あなたの体にはなんの変化もなかった。
「あるはずの扉がないってのは意味深だ。要するに、悪霊が隠したいなにかがそこにあるってことだ」
あなたたちはあるはずの扉がない、二階の西端に移動した。
ここは生前の悪霊、自称教祖の部屋だったらしい。
「お前なら扉を呼び出して、開けることができるかもしれねぇな」
若丸の言葉に背中を押されて、壁に腕を伸ばしかけて、あなたは止まった。
東から風が吹いてくる。
「どうした?」
「子どもの泣き声が、聞こえてきた気がして」
若丸が風の吹く方向へ目を向けた。
「この階にゃガキの霊はいねぇが、霊力を運ぶ装置があるみてぇだな。悪霊の野郎をぶっ倒す前に、ヤツが回復できねぇようにしておくか」
「子どもたちは……」
「今は助けられねぇけど、霊力を運ぶ装置を壊したら、霊力を絞られて苦しむこたぁねぇ」
「そっか、良かった」
東へ向かう広い背中を追って、あなたも二階の外廊下を歩き始めた。
風を感じる。昨夜も今も、自分に実体がないなんて信じられなかった。
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