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「……んじゃあ問題だ。水はなにに剋される?」
「えっと、えっと……木だっけ?」
「ハズレ」
あなたは古い日本家屋の一室で、鬼の少年に五行についての教えを受けていた。
五行とは、ファンタジーなどに出てくる魔法属性の東洋版だ。
「わかる『相剋』言ってみろ」
「火は水で消えるから水剋火、木を切るのは金属の斧だから金剋木、その金属は火で溶けるから火剋金……後、土があるんだっけ。あ、土剋水?」
「当たり。おらよ」
大柄で厳つい顔の少年は、学校こそ違うものの、あなたと同い年。
師匠である鬼姫の弟だ。
畳敷きの広い部屋に置かれた長机の下から、彼はお盆を取り出した。
和菓子を載せた皿と、茶碗が置いてある。お盆も食器も、襖の上の欄干の彫刻も、古い歴史を感じさせる図案が描かれていた。
「ん」
茶碗のお茶は冷めていたが、赤い髪の少年が手をかざすと沸騰し始めた。
師匠と同じ赤鬼の彼は、火気を操るのが得意なのだ。
「食えよ」
「ありがとう」
茶碗のお茶をふーふー吹いて、あなたは口にした。
少し熱いけれど、上質な玉露で美味しかった。
「熱過ぎねぇか?」
「大丈夫」
土気色の手を燃やした翌日、あなたは近くのアパートの前で待ち構えていた師匠と目の前の彼と一緒に、悪霊を退治した。
(子どもたちが救われてないって知ったら、わたしが無茶すると思って、前の晩はウソつかれてたんだよね)
その後見習い退魔師としての登録を行なって、実習がない休日はこうして、師匠の弟に五行を教えてもらっている。知らなくても霊力は使えるし悪霊も倒せるが、知っていたほうが便利なのだ。
熱い玉露で喉を湿らせ、あなたはイチゴ大福に手を伸ばした。
コンビニで売っているクリームのものも好きだが、ここで出る白餡も美味しい。
控えめな甘さが、イチゴの甘酸っぱさを引き立てている。
師匠の弟は、獅子のように猛々しい真っ赤な髪をかき混ぜていた。
「……水生木とごっちゃになっちまったのか? 『相生』と『相剋』、一緒に教えるんじゃなかったな」
「あの、聞いてもいい?」
「お、おう。俺ならカノジョいねぇぞ。24時間募集中だ」
「それはどうでもいいです。そんなことじゃなくて、このイチゴ大福、どこで買ってるの? 妖怪専門店?」
彼はあなたたから目を逸らした。
「妖怪専門、っつっちゃあそうかな」
「コイツが作ったのよ」
廊下に面した襖が開いて、師匠が現れた。
初対面のときとは違う、マニッシュなパンツルックだ。人間の友達と会っていたので、角は隠している。
「そうなんですか」
「うるせぇよ、姉貴。合コンどうだった……って、こんなに早くに帰ってきたんだから、聞くまでもねぇってとこか」
「うっさい」
弟の頭をぽかりと殴り、師匠はあなたに微笑みかけた。
「新しい仕事取ってきたわ。ほら、駅裏の廃病院。ホントはC級退魔師数十人募集してたんだけど、あたしらだけで片づけるわよ」
「は、はいっ! 今日もありがとうございました。ごちそうさまです!」
あなたは鬼の少年にお辞儀をして、立ち上がった。彼が手を振ってくる。
「おう、お疲れー」
「なに言ってんの、あんたも来るのよ」
「あんなあ、俺の師匠はタマさんだろ? なんで姉貴と」
「こないだのアパートのときと一緒で、許可なら得てるわよ。うちの可愛い弟子の肉の盾にしてあげるって言ってんだから、喜びな」
「お師匠いいですよ」
「そう? ま、あたしの自慢のあんたなら、こんな県下一のバカ男子校で、ケンカに明け暮れてるようなアホの護衛なんか必要ないか」
「それやめろよ、姉貴。一んとこのチビにまで言われたぞ」
「事実でしょ」
「ケンカしないでください。お師匠も人のこといえませんよ」
「うちの弟子はしっかりものだなあ」
寅はあなたを抱き締めて、頭を撫で始めた。
ずっと妹がほしかったとかで、彼女はあなたを猫可愛がりしている。
もちろん退魔の仕事のときは頼れるプロなので、問題はない。
「バカ姉貴!」
あなたは師匠から引き離された。実は少し苦しく感じていたので、ちょうど良かった。
「なによ」
「角出てたぞ。鬼の怪力で、弟子潰す気かよ。……くそ、仕方ねぇな。ついてってやるよ!」
「ありがと。ねえ、イチゴ大福以外の和菓子も、自分で作ったの?」
「まあな。リクエストあれば、なんでも作ってやるぜ?」
あなたは、笑い合う弟子と弟を見てほくそ笑む師匠に気づいていなかった。
赤鬼姫の『二代目赤鬼姫義妹化計画』は、まだ始まったばかりだ。
<二代目赤鬼姫 プロローグ 若丸>