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──アパート跡地の浄化は無事成功し、あなたたちは見習い退魔師としてのスタートを切った。
「ほほう……」
腕組みをして、あなたは唸った。
目の前には重箱に並べられた和菓子がある。
彩り豊かなお菓子のひとつに手を伸ばす。
「美味しい」
季節の花を模った練りきりはやわらかで、口の中でほろりと崩れた。
昼休みの裏庭、校舎に背中を預けて食べる和菓子は格別だ。
吹き寄せる風が心地良い。
「うーむ。どれも美味そうで選べぬのう。そなたが食べているそれを半分個してくれ」
「いいよ」
あなたは練りきりの残りを千切って、隣に座る雪比古に渡した。
「あ、でも甘いの嫌いじゃなかった?」
「確かにピリ辛のほうが好みじゃが、少量なら甘いものも嗜むぞ。特に丸の作る和菓子は絶品だからのう」
一瞬笑いかけたものの、雪比古の向こうにしゃがんだ若丸は、すぐ眉間に皺を寄せた。
「そんな言葉で喜ぶと思ったら、大間違いだ」
あなたは首を傾げた。
では彼は、どんな言葉で褒めれば喜んでくれるのだろう。
隣の雪比古と顔を見合わせる。
「まったりとしてコクがあり、それでいてしつこくない珠玉の味!」
「お菓子を越えた芸術! 口の中に広がる美術館……あんまり美味しそうに聞こえない?」
あなたと雪比古の賞賛を聞いて、若丸は頭を抱えた。溜息も漏らす。
「……そういうこっちゃない。俺ぁ怒ってるんだよ」
あなたは慌てて、持ってきたバッグから一冊の本を取り出した。
「若丸くん、これ。いつもご馳走になってるお礼。ほら、こないだ退魔師の仕事の報酬が振り込まれたし」
「ヤケに重いな。……へーえ、和菓子の図鑑か。結構高いんじゃねぇの?」
「……恐れながら、これからも食べさせていただけたら、と」
「バーカ。変に気ぃ遣うなよ。俺が食わせたいから食ってもらってんだ。でも……あんがとな」
あなたは雪比古に微笑んだ。
「喜んでもらえて良かったね」
「ふたりで選んだ甲斐があったのう」
「だ、か、らっ!」
若丸が立ち上がった。
体が大きいので、見下ろされると迫力がある。
「俺が怒ってんのは、それ! いっつも呼んでないのに雪も来るし、お前らしょっちゅうふたりだけで行動するし……なんなんだよ!」
「だって若丸くん忙しいし」
「2、3年倒して安心しておったら、1年にまさかのダークホースで、番長の座が危ないのであろ? 大丈夫。丸がケンカで忙しい間、吾が彼女を守るでのう」
転校してきた若丸は、2、3年の不良を倒して、学校を制覇した。
この裏庭は彼の縄張りだ。
みんなで結界を張ったので悪いものは入らないし、邪魔されることもない。
今日はいない河童少年も、部活のミーティングがない日の昼休みはここに来ている。
あなたは友達が部活関係でいないときだけ、ここでお昼を食べていた。
「はーあ」
若丸は大仰な溜息をついて、再びしゃがみ込んだ。
「天然コンビにゃ勝てねぇわ」
「そうそう。早めに諦めるのが吉じゃぞ」
「諦めねぇよ!」
「なんの話?」
あなたが尋ねると、ふたりの声が重なった。
「なんでもねぇよ」
「なんでもないぞえ」
三人でいると、いつもこんな感じだ。
(天然コンビって、もしかしてわたしも入ってるのかな?)
それは心外だと思いながら、あなたは次の和菓子に手を伸ばした。
お腹が膨れていくと、なんだかお昼寝がしたくなってくる。
もしどこかで邪悪が蠢き出したとしても、あなたと妖怪少年たちが力を合わせれば打ち砕くことができるに違いない。
空は青く、風は涼やか、世はすべてこともなし──
<エピローグ 鬼VS天狗>




