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(そろそろ終わったかな?)
放課後、あなたは鞄をふたつ持って裏庭に向かった。
ケンカが続いていたら危ないので、覚えたばかりの隠行の術で気配を消す。
争いの跡は残っていたが、裏庭にいるのはひとりだけ。
地面に座り込んで校舎に背中を預けている彼に、声をかける。
「大丈夫?」
「……へっ?」
「わたしわたし」
「お前、隠行の術上手ぇな」
あなたは術を解き、若丸の隣にしゃがみ込んだ。
持ってきた鞄を地面に置くと、持ち手からぶら提げた鈴が鳴る。
澄んだ音色を聞きながら、救急セットを取り出した。
スプレー式の消毒薬を若丸の顔に吹きつける。
傷だらけのくせに、ドヤ顔をしているのが憎らしかったのだ。
「ぷはっ! てめぇなにしやがる。口に入ったらどうすんだよ」
「鬼なんだから、それくらい大丈夫でしょ。っていうか、鬼なのに人間とケンカして傷だらけになるなんて」
「仕方ねぇだろ。学校にいるときは霊力封印してて、フツーの人間と変わらねぇんだから」
「若丸くんほど体が大きいのは、フツーじゃないと思う」
「そうか?」
「褒めてないよ」
「ちぇっ。雪と一は?」
「先に行ってる」
悪霊を退治して、一週間が過ぎていた。
あなたと妖怪少年たちは、退魔師の修行を始めた。
初の実習兼仕事は、あのアパートが取り壊された後の土地を浄化することだ。
ずっと悪霊に巣食われていたあの土地は穢され、邪悪が集まりやすくなっている。
「……お前、俺のこと待っててくれたのか?」
「だって若丸くん、ひとりにすると拗ねるじゃない」
「はあ? こないだお前ら三人が自主修行してたときに怒ったのは、仲間に入れてもらえなかったからじゃねぇよ! お前が、隠行だの見鬼だのを独学でマスターしようとしてたからだ」
「悪霊のせいでいろいろ視えるようになっちゃったんだから、対抗策覚えないと危ないでしょ? ちゃんとふたりにサポートしてもらいながらの練習だったんだし」
「なんで俺にはサポート頼まなかったんだよ」
「あの日もケンカしてた」
「うー……仕方ねぇだろ? あの日は2年で今日は3年だ。1年にゃ俺に刃向かうような骨のあるヤツぁいねぇから、もうこれで学校はしめた。これからはなんでも俺に頼めよ。一緒に悪霊退治した仲だろ?」
あなたは彼の額にバンソウコウを貼る手に力を籠めた。
ばちん、と大きな音が鳴る。
「痛ってぇ! お前、怪我鬼殴るかあ?」
「早く行こう。一時間以上遅れたら、若丸くんの奢りでファミレスだからね」
「なんだ、それ。勝手に決めんなよ」
「初仕事の日にケンカの約束入れる若丸くんが悪い」
救急セットを片づけて、あなたは立ち上がった。
若丸が後ろをついてくる。
「ねえ、もし一時間過ぎてたら、ファミレスの代金わたしも半分出すね」
「いらねぇ。女に財布出させたんじゃ男が廃る」
「昭和の不良みたい」
「おう。お袋と姉貴から受け継いだ漢の魂よ」
「若丸くんのお姉さんは平成生まれでしょ」
霊力を封じているので角は消えているけれど、獅子のように猛々しい赤い髪は変わらない。
この学校の茶色いおしゃれブレザーをここまで柄悪く着崩せるのは、彼だけだろう。
「……なあ」
「なぁに?」
「あの日、俺じゃなくて雪や一を呼んでたら……いや、なんでもねぇ」
あなたは吹き出して、拗ねた顔の鬼の少年を振り返った。
「若丸くんで良かったよ。あの日は助けてくれて、ありがとう」
「お、おう」
「それより急ごう? ほら」
「……っ!」
大きな手を取って走り出すと、鬼の顔は真っ赤に染まった。
彼と親しくしていることで友達につけられた『姐御』という仇名が、あなたは結構気に入っている。
<若丸 修行中END>