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どこからか泣き声が聞こえてくる。
声の方向へ行こうとしたあなたの腕を骨ばった指が掴む。一平だ。
「ホント、あんたは子どもに甘いな。それで悪霊の巫女にされかけたこと、もう忘れてるんじゃないだろうな」
「だって……」
「確かにあんたが行けば浄化されるが、ここの問題が解決されない限り、普通にあの世へ昇るはずの霊が引き寄せられて呪縛されるのは変わらないんだぞ?」
悪霊退治の件が評価されて、あなたと一平はC級退魔師に任命された。
今日はふたりで狭霧町中心部の駅裏にある廃病院の浄化に来ている。
依頼人は土地の持ち主だ。この病院は、かつて町で一番大きな総合病院だった。
五階建ての建物が三棟、駐車場も大きい。
どうしてかこの建物には、霊を引き寄せて呪縛する力があった。今は霊の巣窟となっている。
あなたの霊力は強い。あの事件がきっかけで霊を視たり、その声を聴いたりするようになった今でも、少々の邪気なら無意識に浄化してしまう。
あなたの前には霊がいる。あなたの後に霊はいない。
とはいえこの廃病院は霊が多い。あなたがいなくなったとたん、浄化された場所はべつのところから押し寄せた霊で埋め尽くされてしまうのだった。
「もっとも……その方向になにかありそうな気がするのは俺も同じだ。調べに行くか?」
「ふふっ。一平くんも子どもに甘いよね」
「違う」
「違わないよー」
腕を掴んでいた骨ばっていた指が、あなたの手を握った。
なんだかドキドキしてしまう。
一平の瞳があなたを映した。
「ち、が、う。俺は子どもに甘いんじゃなくて、あんたに甘いんだ」
細い目がさらに細くなって、優しい微笑みに変わる。
ただでさえドキドキしていた心臓が、口から飛び出しそうになった。
あなたは一平の手を振りほどいた。
「は、早く行ってみよう?」
早足で歩き出したあなたを一平が追ってくる。
退魔師になりたいなんて思ったことはなかったけれど、自分に力があって、それでだれかを助けることができるのなら嬉しいと、あなたはこの道を選択した。
その選択を後押ししたのは、あのときも今も一緒にいてくれる一平の存在だ。
あなたと彼の伝説は、狭霧町から始まる──
<一平 退魔師END>