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キィキィと啼くように軋む錆びた階段を上がって、二階の外廊下へ立つ。
外気にさらされた手すりとは逆の壁には、ふたつの扉が並んでいた。
あなたは首を傾げた。
「このアパートって、一階にも二階にも三室ずつあったよね?」
「姿を模した現実に影響されるとはいえ、ある程度は悪霊の希望も通らなけりゃ作る意味がない。この西の角部屋は、悪霊が生前住んでいた場所だ。今も本拠地だから隠しているんだろう」
なにもない壁の前を足音を殺して通り過ぎ、あなたたちは二階の東端、角部屋の扉の前に立った。一平が鼻を鳴らす。
「……金気の匂いがする。鏡、か? 呪術の定番だな」
彼はドアノブを握り、軽く捻った。
開けられなかったらしい。細い眉の間に皺が寄る。
「開けてもらってもいいか? ちょっと気になるんだ」
「罠とかじゃない?」
「大丈夫だ、開けてくれるだけでいい。中に入る必要があるときは、俺だけで入る」
「そういうことじゃないよ。一平くんが危なくないか心配してるの!」
一平はそっぽを向いて、唇を尖らせた。怒らせてしまったのだろうか。
「……あ、ありがとう……」
「え?」
「俺、長男で、幼なじみもちょっと頼りないから、心配したり怒ったりするのは大体俺の役目だったんだ。人魚の母さんも河童の父さんも世間知らずだったし。だからそうして心配されたり怒ったりされると……なんか照れる」
彼の目の下が赤く染まっていた。
あなたもなんだか照れながら、鉄の扉のドアノブを握り、開けた。
「わあ……」
畳敷きの和室だ。
東の土壁一面に鏡が飾られている。
壁に釘を打ち、紐でぶら下げられていた。
土でできた壁は膨らんだり凹んだりしているので、鏡は床に対して垂直ではない。
畳を映した鏡は、窓からの光を反射して反対側の壁を照らし出している。
戸口から中を覗きこんで、一平が頷いた。
「なるほど……」
「なにかわかった?」
「悪霊のヤツは、階下に封じた子どもたちの霊力を、この鏡を利用して自分のところへ運んでいる。子どもたちを封じた場所で力を使えば、俺たちも封印されてしまうが、この鏡なら壊すことができそうだ」
「鏡を壊したら?」
「子どもたちが霊力を搾り取られることはない。悪霊とのつながりが切れるからな」
一平の骨ばった手が、あなたの手を掴む。
「な、なに? どうしたの?」
上擦った声で尋ねると、彼は楽しげに笑う。
「力を貸してくれ。あんたは強い霊力を持っている。あんたの力を借りれば、部屋に入らなくても鏡を壊せそうだ」
「わ、わかった」
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