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「こんにちわー」
「ちわー」
「ちわわー」
玄関で声がした。
師匠の家、狭霧山の奥深くにある通称鬼屋敷の一室で自習をしていたあなたは立ち上がった。
狭霧町へ出かけた師匠は用事が長引いているし、代々この家に仕えている爺は山菜を摘みに行ったところだ。師匠の弟は学校の補習だという。
鬼屋敷には、鬼ではないあなたしかいないかった。
招かれていない人間にこの屋敷は見えない。
訪問者は妖怪だ。子どもの声もした。あなたが出たので大丈夫だろう。
「はーい、今出まーす」
金箔も豪奢な襖の絵に見つめられながら、あなたは長い廊下を歩いていった。
玄関には、三人の男の子が立っている。
あなたと同じ年ごろの少年と、小学校低学年くらいの子と、それより幼い子どもだ。
「だれ? 知らない人だ!」
「ちららいー」
子どもたちが少年の後ろに隠れる。
少年は布のトートバッグを差し出してきた。
「初めまして。俺、近くの村の河童です。寅ネエ、鬼屋敷の寅さんに聞いてます。寅さんのお弟子さんなんですよね?」
あなたは頷いた。
「さっき寅さんから電話があって、もう少し遅くなるから、これでも食べて待っててくださいって言ってました」
「えー? なんでわたしに直接電話してこなかったんですかね?」
河童少年は、細い目をさらに細めて微笑んだ。
「あんたに怒られて、嫌われるのが怖いんですよ。寅さん、あんたの自慢ばっかりですから」
「あはは」
確かに師匠は、あなたのことを猫可愛がりしている。
照れ笑いを浮かべたあなたに安心したのか、子どもたちが少年の後ろから顔を出す。
「おねーちゃん、いい人間?」
「いいの?」
「うーん。なるべくそうなりたいね」
「そっかー」
「かー」
「うち、近くの村で農場やってます。通販もしてるし、規格外のものはフリーマーケットで売ったり。それから、ご近所だけですがご飯の配達も承ってます」
「まわってます」
「ぐるぐる」
「退魔師として成功した暁には、是非ご贔屓に」
「ごひーきに」
「きにきに」
「うふふ。考えておきます。配達ありがとうございました」
三人を見送った後、あなたは部屋に戻ってトートバッグを開けた。
サンドイッチが入っていた。中身はキュウリと豆腐、少し意外な組み合わせだ。
鬼の爺が出してくれたお茶と和菓子はとっくに食べ終わっていたので、あなたはサンドイッチも美味しくいただいた。パンから花の香りを感じたのは気のせいだろうか。
(河童ってことは、お師匠の弟さんと一緒に修行してる妖怪さんかな)
彼とは、またどこかで会えるような気が、あなたはしていた。
<二代目赤鬼姫 プロローグ 一平>