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狭霧町奇談  作者: @眠り豆
111/156

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あなたたちは、キィキィと啼くように軋む錆びた階段を通って、二階へ上がった。

西の角部屋へ向かって歩き出す。

ここが幻の世界だなんて不思議だ。風は凪いでいるけれど、空は青く太陽は眩しい。

あなたの隣を歩いていた一平が、足を止めた。


「一平くん?」

「あんたは悪霊の巫女にされかけた。だからあんただけだったら、悪霊に気づかれなかっただろう。でも俺が来たからな。向こうは俺たちに気づいて、なにか策を練ってるに違いない」


あなたは鈴を見た。

この鈴に思いを籠めれば、きっとどんな霊力でも発することができる。

しかしどんな霊力を放つか予測されて、対抗策を講じられていたら?

一平の骨ばった手が、ぽん、とあなたの頭に置かれた。


「おっと、不安にさせて悪かったな。要するに、俺たちも計画を立てておこうって話だ」


彼の手の重さが、あなたを安心させてくれる。

あなたは昨夜教わった、五行の法則を思い起こした。


「悪霊は木気だから、金剋木、金気に弱いんだったっけ」

「そうだ。そして悪霊は、もちろんそれを知っている」

「だとしたら、火気で対抗してくる? 火剋金だし」

「それはない」

「どうして? あ、一平くんが水気だもんね。じゃあ……」


土剋水、水気は土気に弱い。

土気といえば人間であるあなたの属性だ。土気に強いのは、悪霊の木気──

堂々巡りだ。五行は流転している。

最初に戻ってしまい、あなたは唸った。


「うーん。やっぱり金気で攻撃するのが一番ってことなのかな」

「もちろんそれだけだと対抗される。だから、俺が囮になる」

「囮?」

「さっき話してたのは『相剋』、互いに害し合う関係だ。互いに生じ合う『相生』だと?」

「水生木、水気から木気が生じる?」


一平は頷いた。


「水死体を探すとき船にニワトリを乗せるのは知ってるか?」

「ええっ? そうなの? なんで?」

「ニワトリが金気で、水死体が土気だからだ」

「えっと……土生金?」

「子は親を探すもの。土気から生じた金気が土気を探すように、水気から生じた木気は水気を目指す。あんたは、俺を襲う悪霊を金気で倒せ」

「でも……」

「大丈夫」


微笑んだ一平の頭に、ぽぽん、と皿が現れた。

本当に河童だったのだ。彼は皿を指差して言う。


「この裏に霊薬が溜まってるし、河童の回復力は強いんだ」


それでも心配だったけれど、一平の決意は固く、あなたがなにを言っても揺らがない。

──あなたたちは西の角部屋へ進み、扉を開けた。


ぐにゃりと世界が歪む。


幻のアパートが消えて、あなたたちは暗闇に放り出された。

腕組みをした男が、こちらを睨みつけている。

彼には、片腕の手首から先がない。昨夜、あなたたちによって浄化されたからだ。

激しい憤怒が渦となって押し寄せる。

目の前の悪霊の怒りが、青い蛇となってあなたに襲いかかる。

一平が、あなたの前に立ちふさがった。

青い蛇は一瞬逡巡を見せたが、すぐ一平に絡みついた。


「さあ!」


リィー……ン……


あなたは一平の叫びに応えて、鈴を鳴らした。

鈴の音が白い光になり、光は何本もの矢に変わり、青い蛇に降り注ぐ。

月光を思わせる白は、悪霊の木気を倒す金属の色だ。

男の顔が引きつるのがわかった。


「……くうっ」


蛇ごと貫かれて、一平が苦痛に呻く。


「一平くん!」

「……大丈夫だ。河童を信じろ」


あなたは唇を噛み、白い光の矢に祈りを籠める。

白い光の輝きが増す。青い蛇の体が弾け飛ぶ。

断末魔が響き渡る。男は黒い霧になって、消えた。

あなたは一平に駆け寄った。

服から露出した肌に、蛇の鱗の跡が残っている。


「一平くん、一平くん!」

「……水はなにから生じる?」

「え、えっと……金生水?」

「正解。だからあんたの金気は、俺に力をくれる」


白い光の残滓が、彼の体から蛇の痕跡を消していく。

錆びた階段を上がる軋んだ音が聞こえてくる。

悪霊の作った幻の世界が消えて、現実に戻ったのだ。

仕組みはよくわからないが、あなたも彼も実体を持ってアパートにいた。

彼が元いた場所では、いきなり消えたと驚かれているだろう。

やがて退魔師たちが現れて、いるはずのない河童を見て目を丸くした。


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