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朝食はいらないと母に告げて、あなたは家を出た。
正確に言えば、背後の女性に操られたあなたの体が、だ。
学校の制服、茶色いブレザーを着て、いつもの通学路を歩く。
もうすぐいつもの場所だ。
狭霧町3丁目236番地──
何年も人が住んでいない古びたアパート、なんだか不気味に感じて、あなたはいつも早足で前を抜ける。
ふっと、背後から柑橘系の香りがして、あなたの体は足を止めた。
心臓が跳ねる。
それはあなたの反応ではない。背後の女性が喜んでいるのだ。
動悸が激しくなっていく。彼女はときめいている。
だからだろうか、体の支配権があなたに戻った。
今なら自分の意思で動けそうだ。
(でも、どうすればいいの?)
背後の彼女は、走ることで振り払えるような存在なのだろうか。
「やあ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
後ろから、掠れた声が呼びかけてくる。
あなたにではない、彼女にだ。
浮かれる彼女の存在が、完全に離れたのをあなたは感じた。
チャンスはきっと、今しかない。
走って逃げる。→153
少し考えてみる。→155