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「嫌い……かな」
刃が微笑む。
「ですよね。気持ち悪いですからね」
「……うーん。気持ち悪いっていうか、不気味で怖いんだよね。でも綺麗だとも思うよ。刃くんはどうなの? あ、ゴメン。刃くんはどう思いますか?」
「丁寧語じゃなくていいですよ。僕はあんまり同年代の友達がいなくて大人の中で生活してるので、こういうしゃべり方が癖になってるだけなんです。河童のチビちゃんたち相手なら、タメ口もできるんですが。えーっと、僕は普通です、蛇。好きってほどじゃないけど、嫌いにもなれないっていうか」
「そうなんだ」
「……マカロン食べます?」
刃は昨夜と同じように、レース調の紙袋に入ったマカロンを差し出してきた。
「え? わたしたち実体じゃないんだよね? このマカロンは?」
「マカロンの幽霊ですかね。味に変わりはないですよ」
白くて丸いマカロンを取り出して、刃は齧り始める。
あなたも恐る恐る手を伸ばした。
軽い音を立てて砕けたマカロンは、あなたの口の中でふわりと溶ける。
「甘くて美味しい」
「良かった。同じものが続いてごめんなさい。僕、今マカロンにはまってるんです」
「甘党なの?」
「はい。あなたは五行って知ってますか?」
「五行?」
「世の中のものをいつつの属性に当てはめる考えです。木と火、土と金属、そして水」
「ゲームやファンタジー小説とかに出てくる魔法の属性みたいなの? 光と闇、雷と氷、みたいな」
「その東洋版、ってとこですね」
その五行が、刃の甘党とどんな関係があるのだろう。
あなたは首を傾げた。
「五行は、その木火土金水に味覚も割り振っています。木気は酸っぱい、火気は苦い渋い、土気は甘い、金気は辛い、水気はしょっぱい……人間は、甘さを割り振られた土気に属するんですよ」
「へーえ。じゃあもしかして、刃くんが甘党なのは、その土気っていうのを強めるため?」
「みたいなものです」
「ふうん……あ!」
あなたは、あることを思いついた。
「蛇について聞いてきたのって、もしかして悪霊が蛇に変身して襲ってきそうだから?」
「違いますけど、たぶんそうなると思います。強い霊力は自然に蛇の姿を取るんです。蛇ってば、うねる体は木気、光る赤い目は火気、硬い鱗は金気、棲み処は水辺なんですから」
「土気だけ違うのね」
刃は悲しげに首を横に振る。
「いいえ。本当は、蛇には土気も含まれます」
「なんかすごいね」
「ええ、残念ながら」
あなたは両手を伸ばし、大きく深呼吸をした。
刃の目が丸くなる。
「どうしました?」
「うん。悪霊が蛇に変身して襲ってくるかどうかはわからないけど、そんなにすごいものが相手なら、気合入れておこうと思って」
「……そうですね。僕も気合入れます」
真剣な表情で深呼吸を始めた彼は、少し子どもっぽく見えて可愛く感じた。
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