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「どっちかって言えば好きかな」
刃は目を丸くした。どうやら驚いているようだ。
「本当ですか? 蛇って気持ち悪いでしょう?」
「刃くんは嫌いなの……嫌いなんですか?」
「あ、丁寧語じゃなくていいですよ。僕はあんまり同年代の友達がいなくて大人の中で生活してるので、こういうしゃべり方が癖になってるだけなんです。河童のチビちゃんたち相手なら、タメ口もできるんですが。えーっと、僕は普通です、蛇。好きってほどじゃないけど、嫌いにもなれないっていうか」
「そうなんだ。わたしは……もちろん怖いとか不気味だとか思ったりもするけど、蛇って綺麗だと思うの。だから、うん、好きかな」
「そうですか」
刃は嬉しげに微笑んだ。
「どうして急に? あ、もしかして悪霊が蛇に化けてるの?」
「そういうわけじゃないです。まあ霊力で攻撃するときは、使いやすい蛇の姿にすることが多いと思いますけど。僕が聞いたのは……あの、僕が“カガミ”だからなんです」
「各務 刃くんだよね」
「はい。えっと、“カカ”っていうのは古い言葉で蛇のことなんです。地方によっては“ハハ”とか“ヌカ”って呼び方もあります」
「ふうん」
「“カガミ”っていうのは“カカ”、蛇の“ミ”。この“ミ”は身体のこと。“カガミ”は実体のない蛇神が宿るための容れものって意味なんです。苗字に使ってる漢字は当て字なので、同じ苗字でも僕とお師匠以外の人は違うんですけど」
「……」
あなたは言葉を返せず、凍りついた。
刃の顔色が曇る。
「ごめんなさい、怯えさせちゃいましたか?」
「怯えるっていうか、そんな大事なこと聞いちゃって良かったの?」
「ええ、だってこれから、一緒に悪霊と戦う仲間ですから」
「そっか……あ、じゃあさっきダディって言ってたのは、珠樹さんが本当のお父さんだからなの?」
仕事のときは師匠と呼ぶよう躾けられたのだろう。
「戸籍上は、ですけどね。養子なんです。お師匠の従姉が夫の浮気でおかしくなって、息子の僕に蛇神を召喚して死んじゃったので、引き取って育ててくれたんですよ」
「刃くん、そんな重大なことをさらっと……」
「気にしないでください、って無理ですよねー」
刃は楽しげに笑う。
「退魔師協会の人たちは知ってるし、学校のクラスメイトとかには話せないしで、僕ずっと自分の口で、だれかに話したかったんです。生け贄にしてごめんなさい」
「いいよ。昨夜の悪霊よりは、刃くんのほうが好きだから」
「そうなんですか?」
「うん。昨夜はマカロンありがとうね」
「どういたしまして」
「もしかして刃くん、大蛇に変身したりするの?」
それはちょっと怖いかもしれない。
「いいえ。僕に宿ってる蛇神は、この刀に流して使います。後お師匠には蛇神宿ってないんです。蛇神を降ろす儀式をしてなくて。だから、実母が僕に蛇神を降ろしたことを自分のせいみたいに気にしてて」
「過保護っぽいもんね」
「そうなんですよー」
頬を膨らませる刃は、これまでよりも子どもっぽくて可愛く見えた。
*あなたは刃の名前の意味を知りました。
カガミ、蛇神を宿す容れもの。彼の真名数は『-3』です。
★のついた番号の章へ行ったとき、その番号から3を引いた番号の章へ進むと、なにかあるかもしれません。
それでは──
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