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狭霧町奇談  作者: @眠り豆
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「珠樹さんと一緒に、一階を調べてもいいですか?」


無精髭の男は、意外そうに目を丸くした。

日本刀を持った学生服の少年が、一瞬だけ悲しげに眉を下げる。


「わかりました。お師匠、彼女をお願いしますね」

「ああ。半人前ふたりに暴走されなくて、ホッとしたよ」


刃が上がっていくと、錆びた階段は軋んでキィキィと啼いた。

珠樹が無言で歩き始めたので、あなたは慌てて彼の背中を追った。

彼は一階の西角部屋で立ち止まり、顎で扉を開くように告げる。

少しムッとしたけれど、あなたは素直にドアノブを握った。鉄の扉を開く。


「……普通ですね」


土壁に畳の狭い和室だ。

古びてはいるものの、想像していたよりも中は綺麗だった。

珠樹が無言で歩き出す。あなたが来たことを良く思っていないのは見え見えだ。


(だからってこんな、子どもみたいに……)


ちょっぴり頬を膨らませて、あなたは彼を追う。

真ん中の部屋で立ち止まったので、顎で示される前に扉を開く。

さっきと同じ、土壁に畳の狭い和室。

次に歩き出した珠樹が立ち止まったのは、一階の東端、なにもない壁の前だった。

あなたは首を傾げた。


「一階にも三部屋ありましたよね」


珠樹は頭を抱えてしゃがみ込み、わざとらしい溜息を漏らした。


「……まだ気づいてなかったの?」

「え?」

「ここは現実じゃないよ。悪霊の結界の中だ。毎朝毎夕前を通ってたんだから、このアパートがどれだけ傷んでたか知ってるでしょ? あの建物の中が、さっきみたいに綺麗なわけない。土壁は崩れてるし、畳は腐ってるよ」

「そ、そうだったんですか」

「結界に入れたことにはお礼を言うよ。悪霊と関わりのある君がいなければ、難しいところだったからね。時間をかけて調査した挙げ句、実際の突入は明日、ってことになってた可能性もある。……君になら、ここの扉も開けられるかもしれないな」

「やってみます!」


珠樹が避けたので、あなたは壁の前に立った。


(そうよ。ここには扉があるはずだわ)


現実ではないと言われたので、夢の中のつもりで念じてみる。

滅多にないが、夢だと自覚している夢ではたまに、思い通りに操れることがあった。

あなたの強い霊力とやらに関係しているのだろうか。ただの明晰夢かもしれない。

前の二部屋と同じ鉄の扉が、ぼんやり浮かび上がってくる。

ドアノブを握って、あなたは珠樹を見た。

彼は手に白い紙を持っている。確か霊紙というものだ。霊力を注いで変化させ、戦いや治療に使うという。

軽く深呼吸して、あなたはドアを開けた。


「……っ!」


悲鳴も上げられず、その場に座り込む。

室内から飛び出した真っ黒ななにかが、あなたの頭上で大きな口を開けた。

──蛇だ。


「土剋水」


珠樹が掠れた声で呟くと、彼が放った白い霊紙が黄色い蛇に変化した。

あなたの腕ほどの太さの黄色い蛇が、あなたを丸呑みできそうなほど大きな口を持つ黒い蛇を室内に押し返す。


「扉」

「は、はいっ!」


あなたが閉めると、鉄の扉は壁に溶けて消えた。

いつの間にか背後に立っていた珠樹が、掠れた声で耳に囁いてくる。


「……懲りた?」

「え?」

「力も知識もない人間が、こういうことに首を突っ込むもんじゃない。……後悔してからじゃ遅いんだ」

「そ、そうですね。でも……今回はもう突っ込んじゃったから仕方なくないですか?」

「……結構図太いんだね、君」

「かもしれません。そんなことより珠樹さん」

「そんなことより?」

「今、子どもの泣き声しませんでした? 扉を開けたとき」

「そりゃするだろうよ。そこは悪霊の貯蔵庫だ。殺した子どもたちの霊を閉じこめて、必要なときに霊力を絞ってる」

「どうやったら助けられますか? 悪霊を倒したらいいんですか?」

「それはもちろん。でもこのままじゃ俺たちが悪霊と戦うときに、霊力を絞られちゃうからね。どこかにある、悪霊に子どもたちの霊力を運ぶ装置を壊さなくちゃ」

「それならここにありますよ!」


あなたたちは上を見上げた。

二階の外廊下で、刃が錆びた鉄の柵から身を乗り出している。


「刃くん、危ないよ!」

「飛び降りたって大丈夫ですよ。そんなことより」

「刃くんまで!」


刃があなたを見つめる。


「子どもたちの霊力を悪霊に運ぶ装置がここにあります。ただ、僕じゃ扉を開けられないんです。来てください!」

「わかった!」


あなたは錆びた階段に向かって走り出した。


「まったく最近の若いもんは!」


破れたデニムを穿いた、二十代後半から三十代前半の無精髭の男、一般的にはまだ若者で通りそうな珠樹も、あなたと刃への文句をブツブツと呟きながら追いかけてくる。

彼の言っていることが間違いだとは思わない。

現にあなたの足は震えていた。今もさっきの蛇が怖くてたまらない。

啼くように軋む鉄の階段に足をかけ、あなたは東の角部屋があるはずの空間を振り返る。

珠樹たちの存在を気づかせたのは、アパートから聞こえてきた子どもの泣き声だ。

本当はふたりに任せても大丈夫なのだと思う。

だけど、あなたはこの場所に足を踏み入れてしまった。

だったら精いっぱい、できることをやるしかない。


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