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一階の壁には、ふたつの扉が並んでいた。
あなたは首を傾げた。
「このアパートって、一階にも二階にも三室ずつあったよね?」
「姿を模した現実に影響されるとはいえ、ある程度は悪霊の希望も通らなけりゃ作る意味がないだろう。なにか隠してるか……罠だな。俺らの存在には気づいているだろう」
あなたたちは一階の東端、あるはずの位置に扉のない場所の前に立った。
一平が鼻を押さえる。
「……水の匂いがする。井戸があるな」
次の瞬間、彼の拳がアパートの壁にめり込んだ。殴りつけたのだ。
「一平くん?」
「すまない。カッとなった。悪霊のヤツ、井戸に溜めた穢れた霊力で子どもたちの霊を封じこめてる。子どもたちの霊力を搾り取って自分のものにしてるんだ。……封じられて親元へ帰れないのも、搾り取られて感じる痛みも、どれほど辛いかわからない」
「そんな……」
あなたの耳に、昨日の夕方聞いた、子どもの悲痛な泣き声が蘇った。
一平が踵を返し、二階へ上がる錆びた階段へと歩き出す。
あなたは彼の背中に呼びかけた。彼の足が止まる。
「ここ、放っといていいの?」
「放っておくしかない。俺たちが入って力を使っても奪われるだけだ。子どもたちを助けることはできない。井戸を守るものが配備されている可能性もある。それよりも霊力を悪霊へ運んでいるカラクリを壊したほうがいい」
「そんなことして、悪霊に気づかれない?」
「気づかれてるのは最初からだ。ただでさえ片手を失って弱っているから、ヤツの本拠地に入るまでは直接攻撃はしてこないと思うが……すまない。あんたまで危険に巻き込むところだった。俺の役目は、退魔師を呼び込むことだ。結界の薄い場所を探そう」
「一平くんは、それでいいの?」
「いいも悪いもない」
「わたしは、イヤだな。霊力を搾り取るために子どもたちが封じられてるってことは、退魔師さんたちが悪霊と戦い出したら、苦しみながら霊力を奪われるかもしれないってことでしょ? その前に霊力を運ぶなにか、壊しておきたいよ」
「ダメだ」
一平はまた歩き出した。あなたも後を追う。
(なにもわからないくせに、余計なこと言っちゃったかな)
階段の前に来て、彼はぽつりと呟いた。
「……一平六郎太」
「え?」
「俺の真名だ。昨日少し話したが、河童の属性は水気だ。水は陰に属し、穢れやすい。霊力を運ぶカラクリを壊して悪霊に襲われたら、ヤツに操られてしまう可能性もある。ここはヤツのホームグラウンドで、昨日より力が強いからな。そうしたら呼んでくれ。あんたに呼ばれたら、きっと自分を取り戻せる」
「うん!」
あなたたちは、キィキィと啼くように軋む錆びた階段を上がった。
*あなたは一平六郎太の真名を知りました。彼の真名数は『-6』です。
★のついた番号の章へ行ったとき、その番号から6を引いた番号の章へ進むと、なにかあるかもしれません。
それでは──
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