002,
俺が書いた言葉は、転生。
だからって、こんなに巻き戻さなくても良かった気がする。俺は『おぎゃあ』からスタートした。
いわゆる赤子時代は、とんでもなく地獄だった。
でだしから酷かった。
産道は……痛くて狭くて痛くて苦しい道のりだった。
あれは、泣く。おぎゃあと泣くのも納得だ。むしろ、ぎぎぎぇぇ、だった。
生まれる前に記憶を投げ捨てたくなるほどに。
お腹が空いても、オムツが湿っても、とにかく泣かなければ気がついてもらえなかった。
そりゃあ煩くもなろう。乳母の顔面を見つめたって、以心伝心するわけじゃないんだから。
俺はあの日々を経験を生かし、隣人の子供が泣いていても文句は言わないと心に誓った。
少し成長してくると行動範囲も広がった。しかし依然、乳母や使用人達の拘束は緩まなかった。
暇なので本を読もうとすると、露骨に遠ざけられた。代わりに持たされたのはでんでん太鼓。
デーンデーンと振ること十往復くらい。俺は突っ込んだ。
何故だ、何故洋風の世界なのにガラガラじゃないんだ!
小さなアクシデントはともかく……俺は暇で死にそうだった。
あの赤髪の女神も一向に姿を見せない。あの魔道書みたいな本も、何処にあるかさっぱり分からない。
おきまりの、魔力を行使する訓練もできなかった。
ある部屋を冷蔵庫に仕立てた翌日、俺の腕にガッチリと魔力封じの腕輪を嵌められるはめになったからだ。
モロにバレてら。
子供のことをよく見てるのはいい大人だね、とか言ってられない。
お忍びもダメ。護衛が目を光らせていた。夜中、物理的に。
大人っぽい会話をしても口はムニャムニャいうばかり。
○○の真似が上手いわねーで済ませられる。
本日五歳になる俺の評価は、神童とかそういうものでなく、行動力のありすぎる子供、という普通のものだった。
高貴な家かっこわらいに生まれた俺には、子供の友達もいない。
高いステータスなのは家柄と魔力、あと逃げ足くらいなのではないだろうか。何せ教養の授業、サボりまくってたからな……。
そもそも、考えてみればだ。
主人公セスが小説に登場するのは二十七、つまり死ぬ直前の俺と同い年。なんとびっくり、小説版は子供からスタートするわけではないのだ。
リアル版は腹の中スタートだというに。
セスが物語をはじめるまでの過程は、箇条書きされた、ふわっとした設定でしかない。だから今後、歯車が噛み合わなくなるに違いない。
今のところは同じ小説の設定しか出てきてないが、今後どうなるか分かったもんじゃない。
設定だけなら、記した本が鈍器になるし。
最近、凄まじい勢いで魔物が出現してるらしいし。
まぁ、そうなりますよね……所詮は俺の世界だし。
うん、罪滅ぼしのために魔物専属ハンターとかになった方が良さそうか知らん。
ダメだ、この世界、俺に全然優しくない……。
▼
「セス、貴方は今日、五歳になりましたね」
えぇ、なりましたよ。
びっくりするほど広い屋敷の、その玄関。
感慨深く頷けば、目前の、目付きがきついドレスの女性は表層だけ微笑んだ。
しかしその青色の瞳は絶対零度。躾と俺にやたらと厳しい、我らがマザーだ。名前は忘れた。
設定を紹介すると、この人はセスの実母ではない。
俺の実母はこの人の死んだ妹だ。本物の親は両方とも、既に死んでいる。死んだ理由を決めていなかったからか、この世界では魔物に殺されたようだ。
何故こんなドロドロな設定なのかって?
魔道書みたいなタイトルページを作ったのは俺。あとは……お察しだ。
仮マザーは、死んだ父や俺の髪目と同じ紫のリップをつけた毒々しい唇を歪める。
「貴方の、」
尺が長くなるので要約しよう。
俺の仮マザーはそろそろ洗礼をしましょうと言った。以上。
早い話が能力審査。最強系主人公の周りがどよめいて、おぉーっとなるやつだ。
実際には四十分ほど切々と語られた。映画ならモノローグで済むが、その間、俺は立ちっぱなしだ。
トンデモ魔術系セスの細い体格が仇になって、話が終わる頃には足がプルプルしていた。
な、軟弱すぎる。
ムキムキマッチョ設定にしておけば良かった、と後悔したのは今日だけではない。この分だと、剣術も短剣以外は死んでいるはずだ。なにせ持てない。騎士ごっこは諦めた方が良さそうだ。
馬術の腕前は良かった筈だが、実際に主人公の補正があるかは、これからわかるだろう。
魔力封じの腕輪も外してくれるそうな。
ようやく物語の本格スタートだ。