001,
詳細は活動報告をご覧頂きたく思います。
最後になるかも知れませんが、どうぞよろしくお願いします。
世界は俺を中心に回っている。
手に握るスマートフォンがカタカタと小さな音を鳴らす。新品のレスポンスは最高の一言。
俺の思う通りに入力が進む。
やっぱ、文字入力のサウンドはオンに限るわ。そんなことを思いながら、俺は文字を打っていた。
俺がいる所とは反対のホームは、人だらけ。
まぁ池袋行きだから無理もない。けどこっちはガラガラ。天候が良ければ、電車からあぶれるなんてことはない。
座ることすらできる。
この駅、最近綺麗になったわりに急行止まらないから、人も少ないんだろう。でも、急行が止まる駅のすぐ近くに住む友人を羨ましいとは思わない。電車の待ち時間に小説を打つのが、俺の日課だから。
俺の世界を作ってる。誰にも見せない、俺だけの世界を。
昔から急がされるのは大嫌いだ。というより急がされると、まず間違いなく上手くいかない。
ゆっくり仕事に行って、ゆっくり仕事して(でも怒られて)ゆっくり帰る。
あまり良いとは言えないルーチンワークだけど、平凡以下の見た目と平凡以外の能力を持つ平凡以下の俺は、これ以上望むことはできない。望まれても困る。
ザ、ストレス社会。他人がストレスの元を生み出すなら、そういうやつは排除した世界を作ろう。
それが俺の、俺だけに優しい世界を作るに至った動機。だから、俺の小説の中に、俺……主人公の事を嫌いな人はいない。
スマホがカタカタとなる。世界が肥大していくのは楽しい。
急行が通過する。そんなアナウンスを聞き流しながら文章を進める。
律儀にも真後ろに並んだ人が、小さく舌打ちした気がした。ストレスは、辛いよな。
スマホの画面に水が落ちる。雨がふりはじめていた。
折りたたみ傘、持ってたっけなぁ。
スマホを手に持ちながら、鞄をごそごそやろうとした時だった。
強く背中を押され、俺は前にせり出た。
吹き飛ぶスマホが視界から消える。
スローモーションになったりしない。走馬灯もなしだ。
でも死んだ、絶対死んだ。
生き別れた俺の身体を、意識が途切れるまで見つめた。
▼
「貴方の作った世界が、危機に瀕しています」
俺の妻と名乗った女性は、真っ黒な空間でそう言った。
赤い短髪、赤い瞳、ストライプの入った黒いスーツに真っ黒な羽を生やした、謎の女性。
身長は低く、顔もすごく可愛い。けど電波だ。
俺は結婚してない、妻ってなんだと問えば、彼女は女神で、俺は男神なんだ、と答えた。はっきり言って答えになってなかった。
寝言は寝て言えって言われないかと聞けば、貴方にはよく言われたと笑った。
訳がわからない。俺と彼女は今日、初めて会ったのだから。
そしてたぶん、そのままオサラバだろう。俺はたぶん死んだから。
だから俺は、見た目だけはドストライクの女性に対して、かなり投げやりに言った。
「あぁ……魔王が世界を滅ぼすってか?」
「そうです」
まじで。
俺は暫く間抜けヅラのまま、目を瞬かせた。
それなんてファンタジーだ。トールキンワールド?
混乱する俺にトドメを刺すように、女性は笑った。
「貴方が作った世界ですから」
「まさか、まさかとは思うがね……さっきまで俺が打ってたファンタジー小説のこと詩的に言ってる?」
「そうです。大筋は」
肯定。しかし腑に落ちない。
小説の中の俺こと主人公は、どれも勇者なんかじゃない。
俺はすぐに疑問を口にした。
「ならおかしい。俺の世界に魔王なんていないんだからな」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
「なんそれ」
「魔王というのは、世界の終わりを決める者の名称。だから、魔王は貴方自身なのです」
「物語はまだ続くぞ?」
「このままだと、貴方の命は終わります」
なんとなく言いたいことが分かった気がする。
死ぬなと言うんだろうか。
「超人……いや、超神的な力を使って蘇れとか?」
「いいえ、違います」
違った。恥ずかしい。
両手で顔を覆っていると、また、風鈴のような綺麗な笑い声が響いた。
「紡ぎ続けるのです。そうすれば、世界は滅びない」
「でも俺、死ぬんじゃ」
「死にます。だから、生まれ変わってください。私も一緒に、いきますから」
あぁそうですか。主人公が生きてれば物語も紡がれる、と。
俺は合点のいったような顔をしかけ、真顔になった。
「どうやって?」
「この本を」
女性は一冊の本を差し出した。
魔道書みたいなそれは、俺が作りかけていた電子書籍のタイトルページ、そっくりそのままだ。中学二年生大歓喜のデザイン。
本を手にした途端、ページが勝手に開く。
目次の次の、最初のページ。そこに挟まっていたのは万年筆風のタッチペン。
書けってことか。
羽根つきの女性を見ると、こくりと頷いた。可愛いな、電波だけど。
「なんて書けばいい」
「思うがまま、これまでの通りに。整合性がなくなっても、バグとして魔物が排出されるだけですから」
「なるほど俺の世界は魔物だらけの素敵な世界なのかハハハハハ……」
ショックを受けつつもペンを手に取り、言われた通り『思うがまま』滑らせた。
といっても、書いたのはたったの二文字。
それだけでいい。
うーん、タブレットの書き心地。最高……なんて考えている間に、身体が下から透けてきた。や、助けて!
唯一助けてくれそうな自称女神も、見ると足から透けていた。
うわぁーっ、今助ける!
魔道書もどきをほっぽって手を伸ばすと、思い切り抱きつかれた。柔らかい感触と金木犀の匂いが、しかし少しづつ消えていく。
「うわ、うわ……」
「大丈夫です。時間がかかっても、必ず会いに行きますから」
それはつまり君がハナからナビゲートしてくれるわけじゃないのか!
俺の口から悲鳴が上がる前に、小鳥のようなキスをされた。
電波なのに可愛いなおい……なんて呑気に思ってたら、とんでもない爆弾が投下される。
「あなたの世界は全て統合され、一つの世界になります。ですから、貴方が思い描いたようにはいかないと思います」
「ひえっ?!」
それはつまり、長編短編ただの設定、その他もろもろ色んな要素が混ざるということか?!
俺の焦りを読み取ったように、天使のような悪魔が頷いた。
「私は必ず貴方に会いに行きます。待っていて……ください、セス」
セス。
それが俺の名前かぁ……って、あぁ……あぁっ!
確かに元が人間じゃない。
それ転生した神様設定のトンデモ主人公だ!
それならヒロインは確か……ヒロインの名前なんだっけ。
あれ?
なんだっ、け。
……思考を奪うように眠気が襲ってきた。
身体はもう、首から下が消えていた。
「愛しています……セス」
最後の瞬間、囁くような声が耳を打った。