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退場するまでのあたし

「カタリナ中尉と何を話していた?」

 マツモトさんの敵意をむき出しにした視線にあたしは目を伏せた。


(――ああ、最期まで信じてもらえなかったな……)


 とはいえ、彼が悪いわけではなかった。

 あたしはこのシルバスタの情報を敵企業――グランセルに流すスパイで、鋭い、鋭すぎる彼があたしの存在の違和感に気づいてしまっただけなのだから。

 敵意がないこと、害意がないことを伝えることはできなかった。


 それをすれば、あたしの家族は殺される。


 このシルバスタにいる敵企業のスパイはあたしだけじゃない。互いに互いを監視しながら活動を続けている。あたしが彼らに自分の素性を白状すれば、それはあっという間に漏れて、あたしの家族は殺される。他のスパイがそういうめにあったことを、あたしは知りたくもないのに知ってしまっていた。だから、あたしはいやいやながらも家族の命のために情報を厳選して流し続けている。

 本当は、グランセルの行いには嫌悪すら抱くのだ。戦争を続ければ儲かる。それを理由に人類のために魔物と命がけで戦うシルバスタの提督を暗殺しようと考える奴らのその性根も、同時に彼らが必死に考案した技術を盗んで金儲けをしようと企むその強欲さも。

 我が家は決して裕福だったわけじゃない。特別な家庭だったわけでもない。ごく普通の一般家庭に生まれたあたしは、ごく普通に育った。さまざまな暴力から守って育ててくれた。

 だから、家族には最期まで平和に。普通に、暮らしていてほしい。

「マツモトさん。好きです」

「は? こんなときまでなんだ」

 彼の表情が歪んだ。

 あたしはいつもマツモトさんの顔を見るたびに、開口一番にそう伝えていた。

 いつも他のメンバーと明るくふざけてる人。女性陣へセクハラをしては上官に怒られる人。でも、ひとたび戦いに赴けば、仲間が死なないよう、負傷しないよう、常に周囲のサポートに回るベテランのパイロットだ。

 もともと傭兵をしていたという彼は、敵の存在に敏感だった。ほんのわずかな違和感にも気づく、敵を見極める類い希な嗅覚を持っていた。少しでも尻尾を出したスパイたちは彼によって捕縛されてきたし、そうでなくても彼の目の届くところでスパイ活動などできない。それがあたしを安心させた。


 スパイなんてしたくない。シルバスタのみんなに戦争を終わらせて欲しい。


 だからあたしは、『彼にちょっかいを出して他のスパイたちが彼の目から逃れて動きやすいようにする』。そういう名目で彼に近づき、スパイ活動をせずとも反逆行為をしていないと言い訳をしていた。他のスパイを助けるという名目があれば、活動をしなくても裏切りと見なされずに家族の無事を確保できたから。

 また、たまには情報を流す必要があったが、それもカタリナ中尉の助けを得られたことによってことなきを得ていたが……そろそろ、限界だった。

 スパイ活動が、ではなく……あたしの心が。

「好きです、マツモトさん」

 いつから、この言葉が演技ではなくなったんだろう。

「やめろ」

 ……いつから、大の女好きのマツモトさんがあたしの言葉にだけは拒否するようになっただろう。

 確かに艦内の他の女性陣に比べれば非常に残念な容姿であるあたしだが……それでもこう言えば、マツモトさんは喜んでくれていたのだ。最初の頃は。

 あたしの素性を考えれば当然のことだとわかっているのに、それがたまらなく辛かった。

「それより、カタリナ中尉となにを話していた」

 マツモトさんの言葉に、あたしは再び目を伏せた。カタリナ中尉にまで疑いがかかるのは避けたかった。彼女はこの艦のことを、そして平和のことを心から考えている女性だ。そして本来なら切り捨てて然るべきあたしのことを、自分の危険を顧みずに助けてくれた女性でもある。

「カタリナ中尉には、お礼を」

「礼?」

「はい。今まで一番お世話になった方なので」

「なんでまた、急にそんなことを」

 マツモトさんは疑わしいと言いたげな目でこちらを見つめた。

 あたしはちらと斜め後ろの天井付近を見た。


(……ドナート相手なら、間に合う。あいつは仕事が遅いから)


「あたしは、自分の良心に反することをしたくなかったんです。本当に。でも、あたしは無力でした。

 そんなあたしを助けてくださったのは、彼女でした。彼女がいなかったら、彼女が助けてくださらなかったら、あたしには憎しみと絶望しか残らなかったはず。

 でも彼女のおかげで、今のあたしには感謝の気持ちしかない」

 これはちょっとだけ嘘だ。感謝だけでなく、悲しい気持ちも、淋しいと思う気持ちも多分にある。でも、人の気持ちは無理に動かしたりできないからしょうがないことだ。

「マツモトさんにも心からの感謝を。ほんとうにありがとうございます」

「……なんでオレにも?」

「あなたのおかげで、みんなが生きているんだもの」

 見て見ぬふりをするしかなかったあたしの代わりに艦内のさまざまなことを未然に防いでくれたし、あたしが彼を利用したことで間接的にあたしの家族の命だって助けられている。

「ありがとう。大好きでした」

 この話を彼にしたことで、あたしの残り時間はさらに短くなった。

 そして、もう迷う時間もなくなった。取りやめることもできなくなった。

「これからも、どうぞよろしくお願いします」

 どうか、みんなを助けてください。

 この戦争を終わらせてください。

「あたしは、あたしにできることを、がんばります」

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