「面白いじゃねーよ。出来るか出来ないか聞いてんだよ。オバサン」
六月二十五日。月曜日。午後五時。農業連合。
「学術科学都市に経済制裁ですか……。ふふ、面白いですわね……」
「面白いじゃねーよ。出来るか出来ないか聞いてんだよ。オバサン」
オバサンと呼ばれた女は優雅に微笑む。
空はこの女が実年齢三十五才だと聞いたときからオバサン呼ばわりしてるが、とてもそんな風には見えない。
精々二十五と言ったところか。ハリのある肌にはシワひとつなく、透明感のある白さを保っている。
それでも。
昨夜の安部明葉と比べてしまうと――。
確実な老いが見える。
彼女のまるで意識してないであろう溢れ出る若さと比べれば――月と鼈だ。
空はこの手の若作りする女が嫌いだった。
意味不明な敵愾心や嫉妬心を向けて向けてくるから。
このオバサンはそういうところ歪んでいる。
夫を殺して美少年侍らせて――飽きたら捨てる。
この器の少年もそうやって集められた一人。
体の未熟さからまだ手は出されていないが空の器としての資質がなければ遠からずその毒牙にかかっていただろう。
恐ろしい話である。
時田空はそれを知ったとき自分が使用する器に決して手を出さないことを誓わせたのだ。
大体ついさっき空が召喚された時、このオバサンの膝の上にはそういう用途の美少年が乗っかっていたのである。
自分の上体に寄りかかる少年の髪を撫でながら、「いらっしゃいませ。勇者様」ときたもんだ。
殴ろうかと思った。
これでこのオバサンが農業連合盟主国女王と言うのだからこの世界はどっかおかしい。
「出来るか出来ないかで言えば――出来ますし、もうやってますわね。」
「ああ、そうかい。じゃあ、それ倍にしてくれ」
「お待ちなさいな。まったく貴方は気が短い」
クスクスと笑いながらオバサンは立ち上がる。
アップに纏められた金髪には深紅の薔薇が飾られ、深海の色をした瞳と美を競いあっている。
プレーンなワンピースに近いシンプルなドレスにも随所に薔薇が飾られ彩りを添えている。
農業連合の美は生花である。
どんな絹にも再現出来ない優美さと可憐さこそが農業連合の誇りである。
薔薇の女王。
このオバサンはそう言われている。
生花の中でも特に薔薇を好むからだそうだ。
(……ったく、この薔薇女余計な手間取らせるんじゃねーよ)
そう毒づいてこちらに歩み寄るオバサンを睨み付けた。
オバサン――薔薇の女王エルヴィーラ・ベルグストロームは優雅に歩み寄ってすっと屈み込んだ。
――空の目線に合わせて。
顔面を殴り付けたい衝動を抑える。
「その勇者様を学術科学都市が丁寧に扱えば良いのでしょう? ならばこちらから頭を下げてお願いすれば良いことです」
「はあ!? 本気で言ってるのかテメエ!」
お願いして聞くような相手ならそもそも少女の爪を剥ごうなどとは考えない。
「……見捨てるってのか」
「話は最後まで聞きなさいな。我々はあくまでお願いするだけ。勇者様の扱いに心を痛め学術科学都市向けの農産品の関税が下げてまでお願いするだけ、と言うことですよ。」
くすりと空の唇に指を当てオバサン――エルヴィーラは片目を閉じた。
「あんたの輸出拡大政策に利用しようってのか……。神聖王国向き農産品と学術科学都市向けの農産品が被ってることもあくまで偶然と言い張る気だな?」
「それこそ純然たる偶然でしょう?」
農業連合は軍事力が低い。そこを隣国にして同盟国たる魔法鉄鋼王国に守ってもらい、その代わりに格安で農産品を輸出していた。
けれど、戦争の終わった今。
販路を南側や中立に求めるのは必然だった。
そうなると学術科学都市に対する経済制裁はむしろ邪魔だ。
それを抜けるいい口実があれば――すぐにでも降りたいぐらいに。
「……そこで下がった分の関税は魔法鉄鋼王国に押し付ける訳か」
「現状の関税緩和政策は戦時中の一時的なものです。それが正常に戻るだけですよ」
「ふざけんな! そんなの明葉の立場が悪くなるだけじゃねーか!」
「それならば、魔法鉄鋼王国を捨てて我が国にでも来れば良いこと。歓迎いたしますよ?」
「ふざけんな……」
ふふっと笑って女王は背を向ける。
「とにかく、我々は学術科学都市に勇者の待遇改善を求めましょう。その後どうなるかは……それこそ時の運でしょう?」
空は黙って歯を食いしばる。
なにもできない自分が悔しかった。
空は結構女嫌いです。明葉だけ例外。
青春です。




