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「……神様、お願い……!」

六月二十五日。月曜日。午後三時。新宿。

お昼休みの終わった雪菜は真っ直ぐここへ来た。当然である。今日が『誰がそれを言ったのか』初日である。学校の手前午前だけは出たが午後は流石にリハーサルに出なくてはならない。せっかくのチャンス。しくじるわけにはいかないのだ。

――それでも。

ふと気を抜くと考えてしまう。。

思い起こせば安部明葉というのはああいう子だった。

あの蕩けた表情が演技でなかったように――あの冷徹そのもののような目も演技ではなかった。

いじめられたときのごっそり感情が抜け落ちてしまったような無表情も舞台見終わって楽屋に挨拶に来たときの満面の笑みも演技ではなかったように。

(あの目が怖かったんだよね……)

いじめを止めたら自分も「使えない」と切り捨てられそうで。

(……あの子SでMだからなあ)

有り体に言えば歪んでいる。

歪めた一因の雪菜が言えた事ではないが。

それでも。

もっと真っ直ぐな気性で目が大きかったらもう雪菜なんか目じゃないぐらい人気者だっただろうに。

髪も肌も羨ましくなるぐらい綺麗で。

(時田さんもそういう所に惹かれたんだろうな)

夜の明葉は綺麗だ。

顔がはっきりしなくなる上に日の光の下では重苦しく痛々しい髪と肌が月の光の下では艶やかに輝いて見える。

江戸時代だったら美人と言われる所以はそこにこそある。

思い出す。

小学校の頃の修学旅行。

夜中にホテルをこっそり抜け出して満月の下で笑っていた明葉の事を。

あの時雪菜は思ったのだ。

――この子は月に愛されている。

かぐや姫、みたいだった。

そのまま月に帰っちゃうんじゃないかと思った程だ。

(……似合わないよねえ)

あの美少女――もとい美少年、時田空とは。

彼は日の光の下でこそ輝く人材だ。

(……上手くいってくれないと困るんだけどな)

正直。

幸せになって欲しいのだ。

あの不幸が似合いすぎる親友に雪菜は。

いじめてしまった埋め合わせというわけではない。

もう、見ている方が辛いのだ。

不幸な中で平然としている明葉を見るのがもう嫌なのだ。

いじめてる時も嫌だった。

二人きりの時はあんなに明るい明葉が別人のように無表情になって。

楽しかった時間なんて忘れてしまったんじゃないかと思えるぐらい冷たくて。

自分では明葉を幸せに出来ないことに随分絶望したものだ。

いや、今でもしている。

(……でも、彼氏ならきっと違うよね? 明葉幸せにしてくれるよね?)

「……神様、お願い……!」

雪菜の呟きは大道具の音にかき消された。


雪菜の祈りは天に届くのか――?

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