「……むふふふふ」
「……むふふふふ」
「なあに。こんなとこ呼び出して。なんか嬉しいことでもあったの?」
六月二十五日。月曜日。学校。お昼休み。
屋上である。ここに入れる生徒は二人しかいない。安部明葉と遠藤雪菜だ。
「………そう、強いて言うなら運命の出会い?」
「なにそれなにそれ! 詳しく詳しく!」
きゃいきゃいと恋バナで盛り上がる女子中学生二人。
良い具合にお天気は快晴である。
邪魔物は何もいない。
通常の四割ましでとろけた明葉の暴走を止められるものなど何もない!
「こう、夜の町ですっごい美少年に声かけられまして――なんかこうなし崩し的に家泊めちゃったんですよ~」
「なにそれなにそれ! で、で? どこまでいったの? キスした?」
「キスはまだでしたけど、一緒のベッドで寝て~」
「マジで! マジでヤっちゃったの?!」
「やらなかったですけど~。でも髪すいてぎゅっとしてくれました~」
「脈アリじゃん! 何そいつ何してるヤツ?」
「鍵高生で高一なんだけどすっごい頭よくって、紳士でイケメンで~。でも~」
「でも?」
「背がちっちゃいんですよね~。私より二十センチぐらい低い感じで~。凄い童顔で~。どう見ても私の方が年上に見えるっていうか~、姉妹に見えるぐらい女顔で~」
「うわあ……」
遠藤雪菜はさりげなくエビフライを明葉の弁当箱に押し付けつつ思う。
そうだった。
この子は障害のある恋にしか燃えないのだった。
年上が好きなのもそのせいである。
家庭のある男性の方が好きなぐらいだ。
「二十センチはキツいわー」
「でも~。まだ、高一だしい~、これから伸びるかも~。そうなったらもうちょーイケメンになるしい~」
頭のネジが二三本すっ飛んでしまった友人の口にエビフライを押し込みつつ遠藤雪菜は考える。
先日劇団小宇宙に行く道すがらも思ったことだが安部明葉は今光源氏様こと仁ノ宮光に惚れてるようだった。
もう、見込みがないどころの騒ぎではない。
あったらスキャンダルの嵐である。
あれは美談で通っているのだ。
ぶち壊して中学生と逃げたら……。
いや、考えるのはよそう。他の男に目移りしたのなら喜ばしいことだ。
「写メあるんですよ~。見ます~」
「マジ?! 見せて見せて!」
ふふんとスマホを操作する明葉。
その画面には――
すっごい美少女が写っていた。
「……………………………………………………………これ、男?」
「そうですよ~。ちゃんと喉仏写ってるじゃないですか~」
写ってる。
何かの間違いじゃないかと思ったが写っていた。
ハーフみたいに色素が薄い。
染めてるんじゃないとわかるライトブラウンの髪は自然なウェーブを描いて肩に届いている。
髪とセットの宝石みたいな目はこぼれ落ちそうなぐらい大きい。
それを髪と完全に同色の長いまつげがビロードのように縁取っている。
血色の良い肌にはニキビひとつなく。
ぷっくりとした形のよい唇から笑みがこぼれて真珠のような歯が並んでいた。
モデルにだってこんな美少女はいない。
「………………………………………………CGじゃないよね?」
「フォトショでもイラレでもありませんよ~。撮ったそのまんまです~。メイクもなしです~」
マジか。
遠藤雪菜は自分のことをかなり美少女だと思っているしそれは舞台に立つものとして当然の誇りだと思っている。
その誇りをここまで傷つけられたのは初めてだった。
仁ノ宮愛の時はまだよかったのだ。
彼女は雪菜の何倍もスポットライトを当てられる位置にいるのだから。
納得できる。
しかし、この男は――そう、あろうことに男なのだ!――そうではない。
天然で雪菜の誇りを傷つけた。
恐るべき男だった。
「時田空っていうんです~。アドレスも交換して~、夜メールするんです~」
「…………明葉はさ、その空君のことどう思ってるの」
半ば明葉ののろけにうんざりしながら雪菜は言う。
きっとまた、どろどろに蕩けたのろけが帰ってくるんだろうと当たり前にそう思って――
「使えると思ってますよ」
だから明葉が心臓まで凍ってるんじゃないかと思うぐらい冷静な声音でそう言ったとき――自分の心臓まで凍ってしまったんじゃないかとさえ思ったのだ。




