「そんな訳ねえだろ!」
時田空が恋に落ちるお話
さて、なし崩し的に初対面の中学生とベッドインすることになった時田空は現在――猛烈にしがみつかれていた。
「……明葉ちゃん。痛いから離してくんない?」
「い、嫌です! 離したら落っこっちゃうじゃないですかあ~」
「いや、落ちないから。落ちても別に大した高さじゃないから」
「落ちます~。落ちたら二度と這い上がってこれないんです~」
ああ、もうこれどうしようもないな。
「……ふう」
ため息を一つ。
そして体勢を変える。
背中を向けていた体勢を止めて、彼女の顔が見える位置に。
そしてそのままぎゅうと抱き締めた。
「――これならもう落ちないだろ。ちったあ静かにしろ」
明葉は。
「…………ひっく」
しばらくされるがままに抱き締められていた明葉は。
「………ひっく………えぐ………ぐすん…………うわーん!!!」
唐突に泣き出した。
「どうしたどうした……。怖い夢でも見たのか?」
背中をポンポンと叩きあやす空。
「ぐす………だって………光さん………ひっく………私の、こと………き、嫌いに、なった………ぐす………役に、立たない子、だと、思われた……ぐす」
「……んなことねえよ」
ぽふぽふと頭を撫でてやる。
「お前はよく頑張ったよ。頑張り過ぎたよ。源氏様はそんなに頑張って欲しくなかった訳」
「ひっく………どうして」
さらさらと髪をすいてやる。綺麗な髪だ。陽光の元でこそ重苦しいかもしれないが――夜の闇のなかでは僅かな光を吸って虹色に輝いている。
「お前に潰れて欲しく無かった。お前に壊れて欲しく無かった――それだけなんじゃねえの? 紫の上が唯一無二でもそれくらいの隙間はあった。それだけなんじゃねえの?」
「………そんなの要らないもん」
泣き止んできたのだろう。明葉は空をみる。
「役立たずが生きてたってそんなの意味ないの。役に立って死ねるなら――本望」
白い目だ――と空は思った。今流行りの黒目がちの目ではない。白目ばかりが目立つ一重の目。それが髪の輝きを写して虹色に光る。白と黒の万華鏡のようにくるくると。
「仁ノ宮さんは言った。『あたしに任せて』って。それに従っていたら今ごろ仁ノ宮さんが撃たれてたかもしれない。そうしたら取り返しのつかないことになっていたかも。――だから、これで良かった」
痛々しいまでに白い肌は夜の闇のなかで青白く輝いているようだった。絡み付く黒髪が七色の彩りを添えていく。
綺麗だ――空は思った。
闇のなかでしか咲けない花がある。
闇のなかでしか見えない美がある。
安部明葉はまさにそれだった。
「私なんて綺麗でも天才でもないし、私が傷ついて仁ノ宮さんが無事なら、それで良いの。それで良いって光さんは言ってくれるの」
「そんな訳ねえだろ!」
思わず。
その板切れみたいな体を抱き締めた。
「お前だってこんなに綺麗じゃねえか! 写真記憶つー凄い才能だって持ってるじゃねえか!」
「そんなの光さんは見てない!」
「俺が見てる!ずっと俺が見ていてやる!……それじゃダメか?」
ダメなんだろうなあ。
そう思いながら髪の毛をすいてやる。
虹色の煌めきが指の間からこぼれ落ちる。
「……なんで? なんで時田さんが見てくれるの?」
「俺はそんなこと言う中学生をほっとける高校生じゃない訳」
笑ってくしゃりと頭を撫でて誤魔化した。
「……そっか」
そう言って明葉は目を閉じる。
数分で安らかな寝息が聞こえてきた。
「なんだろうな……。なんでよりにもよってこんな女にばっか惚れるんだろうなあ」
ぼやいて。
空も目を閉じる。
明葉の温もりを腕に感じる。
今夜はよく眠れそうだった。
明葉の外見にはものすごいフィルターがかかっています。
名付けて「あばたもえくぼフィルター」。
空にはこう見えるんです。




