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「――なったらええやないか」

明葉、真骨頂。

「お見苦しいところをお見せしました」

「嬢ちゃんに見せるものではなかったのう」

「いや、まあ、楽しかったですよ」

一先ず。

公爵とクラウディオ氏は席に戻り、公爵は傷口にハンカチを当てて止血しながら、クラウディオ氏は水で濡らしたハンカチで殴られた頬を冷やしながら会談再開となった。

「改めてご紹介します。学術科学都市市長にして我が魔法鉄鋼王国第一宮廷魔法師江藤蓮の従兄弟でもある、クラウディオ・ベガさんです」

「マジで!」

「マジじゃ。あやつはわしの従兄弟になる」

え、だって似てない。

明葉は彫像のような江藤蓮の美貌と眼前のクラウディオさんを比べた。

クラウディオさん。どうしてもその筋の方に見えてしまう容姿である。

眼光鋭く、頬には向こう傷と無精髭がある。

端正な、いっそ作り物かと思うほど端正な江藤蓮とは逆ベクトルのワイルドさである。

「本当ですねえ。二十年前国を出るまでは彼は魔法鉄鋼王国の侯爵でしたよ。あ、公じゃないほうのコウシャクですね」

「ベガもエトーも筆頭魔法使いで侯爵じゃった。わしが出奔してベガの家は潰れたがな」

二十年前。

佐藤雄輔――衛藤連が死んだ年。

勇者だったかもしれない男。

殺されたかもしれない勇者。

「ま、そう言う訳で最早無いも同然の誇りじゃが――ベガの名にかけて誓おう。仁ノ宮愛。その幼子を我ら学術科学都市が手にかける事は絶対にない。幼子の命と引き換えに保たれる平和があってはならんのじゃ」

「……ええっと、じゃあ仁ノ宮さんを殺す気は始めからなかったんですか?」

「嬢ちゃんにそれを吹き込んだのは誰じゃ? ここで嬢ちゃんが勇者を辞めれば得をするのは誰じゃ?」

ええと……確か、あれは……。

「……神聖王国だ。法王が言ったんだ。『学術科学都市が仁ノ宮さんを狙ってる』って」

「あの白狐は真っ先にわしのところに使者寄越しよったぞ。なんぞぐだぐだ言いながら服やらなんやら渡そうとしよるから『我らが幼子を殺すとでも思うたか!』と言ってぶん殴っておいたわい」

クラウディオさん、マジワイルド。

さっきも公爵の事殴ってたし。

問題は拳で解決するタイプなのかもしれない。

「……まあ、実際『魔法が使える勇者』というものに各国がどういう反応を示すかというのは読みきれない部分がありましたからね……。というか普通使者殴り付けたら断ったと思いますよ」

「あの白狐のことじゃ。ぬしらをけしかけて嬢ちゃんに勇者を辞めさせようとしたんじゃろ。わしが勇者を送り返しておることは皆が知っとることじゃけん」

「それって、つまり法王がウソついてたって事ですか……」

「そうじゃの。敵がおるちゅうことになれば愛坊もこっちに残らざるを得ない。嬢ちゃんが勇者を辞めれば残る勇者は一人。ついでにこっちも日干しにして銃の利権を荒そうとでも思ったんじゃろ。全くあの白狐の考えそうなことじゃ」

仁ノ宮さんも自分が学術科学都市に狙われているとそう思っていた。

つまり、仁ノ宮さんも騙されていた事になる。

「……どうして、言わなかったんですか。仁ノ宮さんを殺す気はないって。そう言えば経済封鎖は解かれたはずじゃあ……」

「いや、言ったところで何も変わらんじゃろ。むしろその証拠として銃の製法を寄越せぐらい言ってくるじゃろうな」

「神聖王国としてはそれが狙いだったのでしょうね」

明葉は考える。

まず、神聖王国が言う。学術科学都市が仁ノ宮愛を狙っていると。

各国は信じた。学術科学都市が今まで勇者を追い返していたのは事実だったからだ。

そして、学術科学都市に対して最も効果のある攻撃――経済封鎖をしようとする話になる。

そこで、神聖王国はそれに乗らない。さも、何らかの取引が学術科学都市との間にあったように見せかける。

当然各国は銃がらみの何かだと思うはずだ。各国は、特に魔法鉄鋼王国は焦る。

そこで、会見を学術科学都市に申し入れる。当然勇者は必須だ。そして、明葉は勇者を解任され、こちら側には仁ノ宮愛だけが残る。

――それが神聖王国の描いたシナリオ。

「まあ、その目論みは勇者同士の接触の果てに脆くも崩れ去った訳ですが……。確かに明葉様が勇者をお辞めになれば我が国は不利になったでしょうね」

ただでさえ敗戦国なのですし。

公爵はため息と共に吐き出した。

「……だけど私は辞めなかった」

「それが最大の誤算じゃろうな。普通ならこちらに来ようとしても来れないぐらいの恐怖が刻まれとったはずじゃ。トラウマになってもおかしゅうない。勇者としてはもう使い物にならんはずじゃった」

エトーの小童が邪魔せん限りは。

ぎろりとクラウディオさんの目が明葉を見た。

明葉の底の底までも見透かそうとする目だ。

「……感覚と感情に安全装置を取り付けおったか。ぬしらの都合の良いもんしか見えず聞こえず触れぬように。ぬしらの都合の良いもんしか考え付かんように」

「……全ては勇者様の安全の為です。勇者様が辛い思い苦しい思いをされないようにという配慮です」

「ならば、端から召喚なぞせねば良いじゃろうが!」

ドンとクラウディオさんは机を叩いた。

その顔は憤怒に歪んでいる。

「……クラウディオさんは、学術科学都市は勇者が嫌いですか」

「嬢ちゃんに罪はない。悪いのはこやつらよ。異界の幼子を操って利権を啜るこやつらが悪いんじゃ」

ぎんとクラウディオさんは公爵を睨み付けた。

殺気さえ込められているように思える。

「……ならば、どうすれば良いと言うのだ。このままでは我々の世界は向こうの世界の植民地になるしかないのだぞ! 両世界の架け橋となれる人材がいなければ我々は全員奴隷になるしかないだろうが!」

「――なったらええやないか」

「……なん、だと」

「幼子にそないなもん背負わせな生き残れん世界なんざ滅べば良いんじゃ」

クラウディオさんの目は本気だった。

「三十年前。わしらは滅ぶべくして滅ぶはずの民じゃった。三十年も良い夢見せてもらったんじゃ。もうええじゃろ」

「……貴様、正気か」

公爵の顔は怒りを通り越して青ざめている。

「あのーちょっと良いですか」

が、そんなことはしったこっちゃないのが明葉クオリティ。

ピョコンと挙手をした明葉に二人の視線が突き刺さる。

「とりあえず、私勇者辞める気は今の所ないんで。そこの所押さえておいてもらえると大変ありがたいんですが」

どうでしょうかと首を傾げる明葉に突き刺さる視線は二色。

驚愕と心配。

驚愕と安心。

「……信じて、ましたよ」

「……嬢ちゃん、正気か?」

明葉は。

今までの話を反芻する。

勇者の死。

感情の制限。

植民地化。

ベガとエトー。

うん。問題ない。

「色々新事実があって驚いたことは確かですが――全て想定内の範疇です。勇者を辞めるに足る理由は見当たりません」

「想定内じゃと……」

呆然と呟くクラウディオさんに明葉は告げる。

「拷問。洗脳。殺害。全て想定内です。対価を貰って仕事する以上これくらいは仕方ないでしょう」

大人になって就職すれば――もっとひどい例がいくらもある。

これぐらいで目くじら立てる気はなかった。

「無論、第一優先は高校受験です。そこの所は押さえておいて欲しいですが、それ以外でしたら煮るなり焼くなりお好きなように」

「……嬢ちゃん、死んだら高校もへったくれもないんやぞ。分かっとるんか?」

「命惜しさに仕事投げ出したりはしませんよ」

何せ光さんからの直々の御命令だ。

明葉と光さんを繋ぐ唯一の細い糸だ。

命惜しさに切ったりはしない。

「それに一パーセント未満というなら十分に考慮に値すると考えます。撃たれこそしましたがそこまで痛くはなかったですし」

洗脳というなら教育も洗脳だ。

命懸けというなら人生何時だって命懸けだ。

平常通りである。

「ご心配のようでしたら、そうですね。――私が学術科学都市の勇者になるというのはどうでしょうか」

クラウディオさんはしばらく何か言いたげに口をパクパクと動かしていた。

しかし、言葉は出てこないようだった。

「今の所、土曜日と日曜日の二日勇者してるんで。どちらか片方こっちで勇者するとか。実際にやってみれば何か発見があるかもしれませんし、追い返すのも容易になりますよ」

「……嬢ちゃん、自分がなにいっとるか分かっとるんか」

クラウディオさんはえらく据わった目付きで明葉の方を見ていた。

とても怖い。

「分かってますよ。腕でも脚でも腹でも胸でも腰でも好きなところを好きなように撃てば良い。命お姉さんなら死なないでしょう?」

「……ディル坊」

低く低くクラウディオさんは言った。

「嬢ちゃんにかかっとる痛覚フィルタ外せるか」

「……外せますね。そもそもこの召喚形式は江藤一族のみの秘技なので一族外の魔法使いにやらせれば安全装置は働きません。もっともその場合器も一族外の魔法使いにやらせる必要があるので無茶をすると死にますが」

そう言って公爵は――黙った。

クラウディオさんも黙る。

だから明葉は口を開いた。

「――知りたいのですよ。三十年前何が起こったのか。二十年前何が起こったのか。今何が起こっているのか。学術科学都市と魔法鉄鋼王国の両面から知りたい。いえ、知らなくちゃ――いけないんです」

それが明葉の役割だ。光さんに与えられた大切な役目だ。

「……本当にやるんですか。ならば魔法使いを十名ほど手配しますが」

「……助かるのう。こっちには魔法使いがおらんけん。――嬢ちゃん。もう一度問うぞ。正気か?」

「当然。正気ですよ。爪を剥ぐなり焼きごてを当てるなり好きにすれば良い。――それで私を挫けると思うなら」

「……なんでそこまでこっちに拘る? 向こうにもおもろい物がいくらでもあるじゃろ」

どう答えるか。

予感はあった。

ここにきて確信に変わった。

それを言うのかどうか。

まあ、迷うぐらいなら言うのだけど。

「……そもそも、向こうとかこっちとか言う程に離れているようには思えませんね。心理的なものだけじゃなく物理的にも」

感覚なのだけど。

一種の確信があった。

この世界は異世界と言うほど遠くはない。

だからこそ、公爵はこんなにも怯えている。

向こうから襲撃に。

だからこそ、市長はこんなにも召喚を嫌悪する。

だとしたら。

明葉が思っているよりもずっと早く、両世界の通行が可能になるのだとしたら。国交が樹立するのだとしたら。

今、勇者として築いているコネクションは後で大きな武器になる可能性があった。

「……嬢ちゃん。どこまで知っとる」

「何も。何も知ってはおりませんよ。――恋する乙女のただの直感です」

「……ええじゃろう。その話のったろうやないか」

覚悟を決めた。そんな風に明葉には見えた。

公爵は。

すっと一本指を立てた。

「――一つ確認しておきましょう」

冷静に。沈着に。

「学術科学都市での勇者活動。それが貴女の望む報酬ですか?」

「はい」

「――分かりました。ならばその報酬叶えましょう」

こうして。

安部明葉。

学術科学都市初代勇者就任となった。


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